







1983年3月に巡礼しています。
まず終点の内子駅。(写真1~4)
この線は予讃本線の新線として偉くなる運命にありました。
他の国鉄ローカル線が特定地方交通線として廃止のタイムリミットの中でもがいている中で、なんと幸運なのでしょう。
ですが終点内子駅は、山の上の新駅に200mくらい移転することになり、既存の内子駅はあわれ廃止の運命となりました(こういう場合、廃棄でしょうか?)
こじんまりとした、貨物の雰囲気も感じられる、とても良い駅だったのですが。
車止めの周囲の様子も最高です。
新線移行後、この駅と、線路切り替え部分からここに至る200mくらいの線路は、その後も残され、何かの映画の撮影に使われたとか、聞いたことがあります。
今でも駅と線路はそのままで残っているのでしょうか?
その後、新線の列車の車窓から、ちらりと旧内子駅舎が見えたような気がしたのですが。
線路までは分かりませんでした。
当時の駅舎から右奥の方に、すでに新駅が見えていました(写真3)。
内子線起点の五郎駅。これも不思議な駅です。
駅を出た線路は鉄橋を単線で渡り、その先で内子線(左)と予讃本線(右)に分岐していました(写真5)。
ところが、内子線が予讃本線の新線扱いとして偉くなるとき、運転の都合から、線路は五郎駅ではなく、伊予大洲駅にくっついてしまいました。
だから厳密には、五郎~新谷(次の駅)間は廃止されてしまったわけです。
デルタ線として残しておいてくれたら面白かったと思うのですが・・・、残念。
ここで不思議なのは、何故、内子線はこんな線形だったのでしょうか。
どうしてはじめから直通できるように作らなかったのでしょうか。
内子駅はとりあえず街の中に作りたかったからとして、五郎駅の方は謎です。全く意味がありません。
五郎駅には失礼ですが、昔から伊予大洲駅の方がメジャーです。直通列車だってこちらから出ています。
ちなみに、五郎駅というのは、野口五郎という古い歌手のファンに、たいそう人気がありました。
(太多線の広見駅(現・可児駅)も郷ひろみのファンに人気がありました、どうでもいいおまけ情報です(笑))
既設の軽便鉄道をそのまま国有化(内子線)してしまった、だけど赤字で困っていました。
それを予讃本線の新線に流用しようと考えた。
でも、起点と終点はそのままでは線路の具合が悪い(向きが逆)ので工事しました、というのが真相のようです。
今の時刻表の路線図を見ると、内子線区間だけわざわざ色が違います、地方交通線扱いのまま。
いきあたりばったりの不思議なこの線路の歴史を良く表しています(笑)