




実際に鉄道で旅をしない人種にとっては地図上の鉄道最南端は西大山駅らしいですけど、鉄道に乗るものにとっての最南端はやっぱり枕崎駅です、と私は思います。
もっとも、この端っこの駅から、実はさらに私鉄が伸びていたなんて、ちょっと面白いです。
大好きな、グルグルができます(笑)。
1983年3月、枕崎駅を訪れました。
もっとも、最初の一歩は鹿児島交通からで、伊集院から入りました。
枕崎駅で、両線はつながっていましたが、この接続も悪かったんです。
唯一の接続を利用。
伊集院5:56→枕崎7:36
枕崎7:48→西鹿児島
枕崎駅はホーム一面2線。駅舎があるのが海側で、鹿児島交通が海側を利用、国鉄が山側を使っていました。
この駅に双方の列車が停まっているところの写真を何故撮らなかったんだろう?謎です。
すでに貨車の影はありませんでした。
でも、この両線のレールはつながっていたんです。しっかりと。すばらしいです。
勝手な想像ですが貨車は直通していたと思います。
ひょっとすると昔は直通列車が走っていたかもしれません。
この両線がつながっていた証拠写真(写真4)は我ながら貴重なものなのですが、どちら側から撮影したものなのか未だに分からないのです。なにせ列車が写っていませんから(笑)。
(たぶん国鉄側から写したものと思いますけど・・・)
ちなみに、鹿児島交通は伊集院から鹿児島本線を経由して西鹿児島駅まで直通列車が走っていました。
あの小さくて頼りなげな赤い列車が、鹿児島本線の上を猛スピード?で走っていたんです。
もちろん、乗りました。
西鹿児島13:04→加世田14:32(伊集院経由)
西鹿児島駅の長ーいホームに、ちょこんと停まっていたのは、本当にかわいかったです(写真5)。
私はこの日、鹿児島交通、指宿枕崎線、鹿児島本線を使って、薩摩半島を左周りに2周もグルグルしていました(笑)。
この後、台風が鹿児島交通を襲い、一部区間不通となり、それは何故かいつまでも復旧しませんでした。
そしてそのまま、全線廃止となってしまいました(悲)。
当時、これといって延命運動も反対運動も起きなかったみたいです。
それ以来、枕崎駅に行ったことはありません(指宿駅までは行ったことあるんですけど)。
鹿児島交通のレールはどうなったのでしょうか。
せめて、JRが使ってくれていたら幸いなんですけど。