今日は「恩賜」の娘の結婚式。マスコミはおめでた?ムードを盛り上げようと一生懸命です。
今回は、どうしても「恩賜」問題について書いておきます。
一昨日、散歩で明治神宮を歩きました。神社境内の右側で「恩賜の娘の結婚を祝う酒」を無料で振舞っていました。いったい誰が負担しているのだろう、たぶんこの神社かな。
こんな気分の悪い「祝酒」は当然無視です。
でも、衝撃なのは境内左側に「パキスタン地震募金箱」が置かれているんです。
私は唖然としました。この神社は一方で「恩賜の娘の結婚の祝い酒」を無料で振舞い、一方で国民?に募金を呼びかけているのです。「祝酒」の金はどこから出ているのでしょう?、何故これが募金に廻らないのでしょう?愚弄するのもいい加減にして欲しいです。(もっとも、私は理由があって募金というものは一切しませんから言う資格なし?)。
「恩賜」とは何か。
敗戦の中から、日本国民は平和、平等、民主主義、それを担う言論の自由を手に入れました。
使い方さえ間違えず、これが形式的なものにならなければ、人類はこれ以上は望めない社会のシステムを手中にできたのではないでしょうか。(こう書いているだけで、残念ながらバカバカしくもありますが)
ところが、この日本で、唯一、悪口を言ってはいけない人、その一族、そのシステムがあります。
それが「恩賜」とその一族です。
国の最高責任者である総理大臣の悪口、誹謗中傷は言い放題の、究極の民主主義国家に進歩できたのに、何故か「恩賜」のことは誰も触れません。マスコミが「恩賜」の悪口を言うのを聞いたことがありません。
私はイラクや北朝鮮に生まれなかったことを感謝していますが、一応、イラクの前大統領や、北朝鮮の首領様は、「選挙」という形をとっているのです(だから、その国の国民にも責任があるはずです)。
ところが、われらが日本の「恩賜」は、完全世襲制、選挙なしです。どちらがマトモなのでしょうか?
一般社会でも然り。
例えば会社の中で、首相、代議士、官僚を税金泥棒呼ばわりしても平気な国。日本はそこまで進歩しているのに、何故か「恩賜」の悪口はタブーです。公然と悪口を言える勇気ある人は共産党員くらいかな(私は彼らが嫌いですけど、この点だけは評価します)
かく言う私も、万が一(笑)を考えて「恩賜」と呼んでいます。
私は鉄道好きなんだから、「お召し」でもいいのですが、とりあえず「恩賜」です。
ところで、何故、「恩賜」なのか?
先月都民の日、、浜離宮の無料開放日なので出かけました。その時、門柱に「恩賜公園」とあるのです。
なんだぁ。税金をきちんと払っている私は、こいつらに「恩賜」された公園で、お情けで遊ばせてもらっているのか!(怒)
戦前は国民はおろか日本国に存在するものは全て「恩賜」のもの、という扱いでした。
敗戦のおかげで、尊い犠牲を払いながらも、やっと「恩賜」の国ではなくなったはずなのに、まだこんな現実が残っているんだ!
それ以来、私はこいつらを「恩賜」と呼ぶことにしました(笑)。
ところで、「恩賜」の娘の儀式はもう済んだのでしょうか?いったいいくら税金使ったのかな。
災害復興のため、儀式は新潟でやりましょう、なんて言い出す偽善者はとうとう現れなかったのですね。
「恩賜」問題は、歴史好きな私として、そして納税者として、見逃せません。
後継者問題とか、家族問題とか、ネタはつきません。
例えば、何故、「恩賜」の子供夫婦は、親と同居して面倒をみなくてよいのでしょうか?
一般国民の「お手本」のはずなのに。みなさん疑問に思わないのかな?
とりあえず、今回は「恩賜」の娘の結婚式話でした。
これだけでも、私は自分の子孫を残して、「恩賜」を敬わせようなんて思いません。