
子供が土砂崩れの中から数日後に助けだされて有名になった場所。
私も上越線が復旧してすぐにそばを通りました。
(鉄道趣味的には、単線運転、急遽タブレット区間になった場所です、乗りに行きました)
でも、ライトアップするなんて、観光地なんですね。
助かった子供の母親が死んだ場所のはずですけど。
もう、感覚が麻痺してしまっているのでしょうか。
地震後、生活が不便で苦しいのは分かりますが、そのために莫大な税金を投入しつ続けるのは、何とかならないのでしょうか。移転費用補助をなぜ考えないのでしょうか。
もちろん、被害者の方の苦労は十分にお察しします。
でも、税金投入するなら費用対効果も考えて欲しいのです。
私は田舎歩きをよくします。時々、廃村というものを見つけます。
歴史的に、人は住むに適さない場所からは、移住して行くものなのです。
自分がふるさとに住みたいからといって、他人に税金を負担させる権利がどこまであるのでしょうか?
限度、というものがあると思います。
人が住むに適さない場所に、他人の財布から金を土建屋に払わせるという図式、いい加減にしてほしいものです。政治家は、ある程度のボーダーラインをつけて、税金を有効に使ってほしいものです。
島民すら見放しつつある三宅島帰還事業(毒ガス対策)とかも然りです。
万が一、被害の関係者の方が、これを読まれたら、ごめんなさい。
でも政治家には本当に勇気をもって、廃村とする、決断をして欲しいものです。
そういう厳しい、冷たい決断をするのが政治なのではないでしょうか。
国民の多くが、感情論のみに左右されるようではダメでしょうか・・・。
歴史的に、日本にはあまりそういう政治家は輩出されませんし、歓迎されないようです。
我慢するしかないのでしょうか。
私は、自分自身は我慢できますけど、自分の子孫にそんな我慢をさせたくはありません。