お昼休みに読むブログ -2ページ目

コマンド

僕はタクシーによく乗る。

仕事での利用がほとんどで、近いところや遠いところ
その件によって利用の仕方は様々だが、
ドライバーの話は毎度興味深い。



まるで伝記を読んでいるようである。



5分しか乗車していない時でさえ
その5分でドライバーの人生が見える。

伝記の1~3頁でも満足だ。


目を見て話していない分、背中から出る何かは重い。





僕は大抵、
「この仕事をしていてとんでもない客を乗せた時のエピソードは?」
とドライバーに問う。


すると饒舌に話し始める。



大阪まで運んで料金が15万に上った。

とか

昔、アメリカの軍曹を横田基地まで運んだときに銃をつきつけられた。

とか

編み物教室の先生を乗車したときから
その教室に通っていて、転職するきっかけになっている。

等等



自分の人生と照らし合わせながら
その瞬間、僕は何してたのかな。と考えることも。





さて、
何度も考える事がある。

全くながらこの世は運命だと思っている。





僕が歩く、とある道で、
とあるタイミングで手を上げ、
それを見た、とあるドライバーが車を寄せる。



あのときあの瞬間で少し下を向いていなければ
違うドライバーに拾われていたりする。



僕が、とある時間に、とある改札へ向かう。
切符売り場で、とある時間を費やし、
とある時間をかけて、エスカレーターを登り、
とある電車を乗り過ごし、
次の電車を待つ。

とある乗車口から
とある長椅子に座った時、

その隣に居る人物は誰だ。。

その隣人とは、超運命的出会いである。


それは何事にも相当するのだが。。。




考えることはとても楽しい。


ひょっとして、逆にこの隣人が僕を召喚したのか・・なんて。



過去にバスに乗ったとき、
美しすぎて、レンズシャッターを切るように眺めた夕陽があった。


バスの中は4人。

運転手と後部座席の僕。

反対側に座る女性と

前方に座る男性。


ゆっくりと坂を下りながら
信号で止まるバスの窓へ目をやると、


魅力的な夕陽と目が合った。

反対側に座る女性の顔の右半分は、照らされた光で綺麗に染まり、
それもそれでいいものがあった。

前方の男性の窓は、
渋滞して止まっているトラックが闇を作っていた。


バスの床上の高さ。 
                 後部座席右側。
ふと窓に目をやる。





誰かからのプレゼントだとしか思えない。

昨日のブログ・・・・眠い中書いたので支離滅裂ですね・・・・恥ずかしい!!!

僕はこの場所を

まだ誰にも教えていない。

この場所(このブログ)を教えてしまうと、

僕がここで何かを書いている意味がなくなってしまう。



「来て来て。」と言って

周りの人達何百人にアドレスを広告することは、

邪道だとしか思えない。(僕にとって)

ランキングも関係ない。

そんな方法で来て欲しくなんかない。



ココを偶然見つけることに意義がある。

必然では困るのだ。

例え読者がひとりでも、

続けるつもりだ。

誰かが僕を読む限り 続ける。

誰も来なくなっても 続ける。



僕にとってモノを書くこと。  

その中のプライオリティは決まっている。

だから今のままでいい。 自然に身を任せる。

ただ、書くだけである。




だから読者に伝えたい。

毎日来てくれてありがとう。





もし差し支えなければココは誰にも広告しないでください。

下書きを書かないが故に 乱文。乱文。

小説とノンフィクションの違いはなんであろうか。

ノンフィクション として 書いたのに、

物書きが
「これは小説だよ」
と言って

「小説」として出版すれば

それは「小説」なのであろうか。





その「小説」が「小説コーナー」に並べば

それは「小説」なのであろうか。


とても疑問である。


僕が言いたいのは

「真実」。


誰が 何で 測る


てものじゃないでしょう。




たとえ命を持たないモノでさえ

公に出れば、嘘を被っていたとしても

それは肩書きを背負った生き物になるのだろう。

「小説」という肩書きを持った「ノンフィクション」の文章。

それを「小説」として手に取る読者。


もちろん

「ノンフィクション」として捉えて、

読めば

それは真実?

真実。淡い夢。 ハテナ。








当人が創造したのだからどう名づけようが自由である。



 




>> 物書きが「A」が日記を書く。 

物書きと一緒に居る「B」がいる。

AとB。  24時間一緒に居て、

その「A」が

日記を書くのを

「B」が ラストまで見ていれば それは真実。

でも。





「C」には真実は伝わらない。





ブログだって、何気ない放談だってそうである。

ツルっと途中で出てしまった嘘をいちいち直す人が何人居るだろうか。

言い直されたのに、それをスッカリ忘れて

他の人に

話を

回す人が何人居るだろうか?



とにかく「真実」って何。


ある塊があって、その過半数が認めればそれは「真実」なのか。



行ったり 来たりの 乱文でゴメンナサイ。



自分なりの見解として、



「真実」を判断するとき、

それは

時間も場所も

念頭においておかなければ

いけないと思う。



乱文

は真実なので

話を飛ばす。



去年、

デルタ航空の当時客室乗務員として働いていた「エレン」さんという方が突然解雇された。

勤務しながら書いていたエレンさんのブログに

上司の悪い面が書かれていたのが

その理由。


上司はそれを見てご立腹。

自分の部屋で閲覧した直後速攻でエレンさんに連絡したそうな。


「オレはおまえの上司だぞ?!」  

だって。





それは

真実

では

ないんでないかい?



上司は

家に帰れば

極々 一般的な どこにでいる おっさん。 

一家庭の お父さん。

会社の中では

お父さんではない。


会社の中では  上司。

つまり

家に帰れば


お父さん。 親父。 おっさん。 男。 


家庭の中で誰が部下?


でしょ。


だから、

みんな場所場所に寄って演技する顔を

他の場所に持って行ってはいけない。

会社では上司の仮面で全然OK

家で閲覧するHPを


どちらの仮面で


見るの?





解雇によって浮き彫りになった。

真実。



それは 

上司が 如何に 大根役者かという 



その真実。





************* 最後に おいしいお店ご紹介 ******************

沖縄そば

美味しい店

美味いと思ったお店をご紹介致します。

過去1ヶ月の訪れたお店ですので、今後も美味いものを見つけ次第、随時アップいたします。

是非是非食べに行ってみてください。後悔させません。



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自己表現


久しぶりに旧友と電話でお喋りをした。

現在、服飾関係専攻の学生で、
数年前まではロンドンの学校で同じく服飾を専攻していた。

そろそろ就職活動を本気で行わなければならない反面課題が忙しく、
納得できるものが完成しないために、一週間に2時間半しか寝ることができない過密スケジュールなのだそうだ。

特にアパレル業界なんて、これからさらに厳しくなるであろう。
何が厳しいって、いままでやってきたことと社会に出てやることのギャップが在り過ぎる。
この穴を埋めるのに大変。
応用なんてもんじゃない。
概念を壊すこと。
これが大変。


例えば、

彫刻家が「穴」へやってきて、その穴の管理人にシャベルとヘルメットを渡される。

それでもって管理人から、「これからこのメンバーと一緒に金を掘ってくれ。」と一言。

「なんと!?」

である。

彫刻家なんてどうでもいいのだ。

掘る技術に慣れていれば、道具として使われる。

世情これが大半である。

以前、ある人物に言われたのだが、「学校で創作することは、never hang =机上の空論 だ。」 とのこと。

実際社会に出てみて、「最高だ!」と思う企画が立っても上に「金にならん」と即倒。




日本の頭はまだまだ堅固なのだ。と思う。


(表面的な海外国しか見てないけれど)

クリエイティブなんてしていない。ホントそう思うんです!



さて、僕は小さい頃、自己表現がとても上手だったと思う。

幼少期、クレパスでお絵かきをしていた僕だが、
毎度その絵には、自分の感情がぶつかっていた。

何か悔しいことがあると、そのクレパスを割れんばかりに強く握り締め、そして絵を描いた。

その絵はまさしく芸術である。

怒りという感情が表現されているのだ。

嬉しいときや悲しいとき、変化する感情の中で、絵は美しく変わった


しかし、歳を重ねると絵も老けていった。



現在となって、イラスト集片手に絵を描いている自分が情けない。


茨木のり子さんの詩で「自分の感性を他人のせいにするな。 自分の感性くらい自分で守れ。ばかものよ。」というのがある。




氏よ感性とは何なのであろう。


無意識に受け取り、無意識に発する感性に無意識に追いつけなくなって来ている自分をどう守ろうか。

プレゼン

オチマサト氏 のプレゼン講座。
ためになるのでご紹介致します。

ココ

見たいものがすぐ見れるものではない「TVCM」というメディア。


「CMのCM」民放連が3年間キャンペーン展開

日本民間放送連盟は26日、「CMのCMキャンペーン」を行うと発表した。
日本テレビが1953年に日本で初のテレビCMを放送した8月28日を「テレビCMの日」と
定め、約3年間にわたってキャンペーンを展開する。 CM収入が経営の基盤である民放で
は、デジタルビデオディスク(DVD)、ハードディスクなどの録画機の普及で、CMを飛ばし
て見る視聴者の増加が懸念されている。CMへの関心も薄れているため、視聴者にその大
切さを再認識してもらおうと企画した。 アニメキャラクター「コマーさる」を用いたCMを制作、
8月1日から加盟133社で放送していくほか、雑誌や電車などに広告を掲載していく。  
 (goo news topics より抜粋)

**** ↑ ****

これ、僕が大学時代にアイデア提案して、プレゼンまでやったのに、
当時そのプレゼンを見てくれた某一流大手広告会社の方、見向きもしなかったです。
予算や、資源等の問題から、間違いなくCM、オフライン広告は衰退するでしょう。
タレント、アナウンサー、アイドル、←これらの発信もWEBが主権を握るのではないでしょうか。
グローバルですしね。

それでも「オフラインっしょ!」なんて言って、行進している企業さんは「贅沢は敵だ!」ではなく                                                                             「贅沢は素敵だ!」な精神ですね。

(上手くないか・・・)



いや~。どうなるんでしょうか! (乞うご期待!)+(交互期待!)(上手くないか・・・)(二回目)  

紹介

今までやった分析サイトで一番当たったサイトです



http://www.charamil.com/

START をクリック!

僕が

プロフィールに真実を書かない限り、ここを読んでくれている人には正体が分からない。
たとえば僕が有名な作家かもしれない。

有名な作家が暇つぶしにブログ書いてたら面白いと思わない?
正体を知らないまま読む人たち。

なんかロマンチックでんな

僕は写真も撮るし、グラフィックも作る。デザインもやるし音楽だって作る。
絵も描くし、モノも書く。以上は真実です。


空間

僕は空間を作り出すことが得意である。


この間も派手に作ってしまった。





土曜、渋谷、昼12時、交差点。

行き交う人群の中、僕は転んだ。

その瞬間、僕の周りに半径1.5mほどの空間が現れた。

するりと避ける老若男女。地面に近い耳は普段聞きなれない物凄い人の足踏みと、車の通る
地響きが聞こえた。

見てみぬふりをする女性、
笑う男性。無関心の群れ。

交差点=渡るものという秩序を乱した異端児である僕の周りには確かに
別空間ができていた。


恥ずかしくて走り去ったが、それから転ぶ度に楽しくなっていった。




土曜、渋谷、昼、交差点。信号待ち。


行き交う人の群れ。

僕は車に乗っていた。

すると目の前でおばさんが転んだ。

突如、おばさんの周りには空間が現れる。



おばさんは恥ずかしそうに走り去って行ったが

車の中で僕はひそかに仲間意識を感じていた。