自分で言うのもなんだが、私は結構良い人で、それなりに気も効くと思う。昔と比べて周囲のことがよく見えているので、困っている人にいち早く気づいたりもする。気むずかしい中年という一面がないわけではないが、年長者には気を遣い、年下の人たちはかわいがったりしている良い中堅だ。このまま歳をとると自分はどんどん良くできた人になっていきそうな気がするが、周囲を見渡すとそうでもなさそうだ。

 

最近周囲の年配者達が物騒なのだ。

 

73歳の父は高校の同級生達と月例の飲み会をしているが、どうやらここに来て、一部の参加者の間で今までの性格の不一致が表面化し、大げんかになり、今や会は空中分解しかけているそうだ。また、知人のお母さん姉妹(70~80歳くらい?)は大変仲良しで、会えば明け方まで仲良くおしゃべりに花が咲くような人たちだったが、先日何かの行事で寄り合った時、真夜中にこれまた大げんかが勃発し、ケンケンゴウゴウの言い合いだったとか。それに高齢者同士で口論の末、相手を包丁で刺してしまったなどというニュースだって聞くではないか。

 

70代、80代と言えばすっかり人間が丸くなり、良いおじいちゃん、おばあちゃんとして何事にも腹を立てず、まわりから愛されているイメージがあったものだが、実際は中年時代にピークを迎えた気配りも徐々に姿を潜め、かなり許容範囲が狭くなっているのではないか。体調も衰え、うまくいかないことが増え、人のことどころではないのであろう。「老害」などという言葉もあながち的はずれではないのかも…いや、私だって今は気遣い世代ピークだがまもなく急落の時が待っているのだ。

 

しかし、絶望するなかれ!私たちにはまだ、数ヶ月前のNHKスペシャルでも紹介されていた「老年的超越」がある。100歳を超えたセンティナリアン達は一様に穏やかな様で口をそろえて「今が一番幸せ。」などと言うというのだ。100歳を超え、まだまだお元気な方も、体が衰え、自分のことさえほぼ出来なくなっている方もである!

 

研究者によると、80歳を過ぎ、肉体や知力の衰えなどつらいことが今まで以上に増えてくると、人間の脳はつらいことへの感度を下げ、嬉しいことや楽しいことだけを強く認識しようとするらしいのだ。結果、つらいことはたくさんあるはずなのに、印象に残るのは良いことだけ(本当か?)となり、「今が一番幸せ。」となるらしいのだ。老年的超越まではまだ何十年もあるが、もし人生の最後にそんなハッピーなステージが待っているのなら、長生きできたらしてみようかな、と思ったりした。