きっと母はネグレクトだったと
自分では理解していない
それが虐待にあたる事も
なので今まで私がどんな事に傷付き
どんな事に苦しんでいたかなんて
半分も半分以下も理解してはいない
そしてそういう親の元で育つと
私の場合ではあるけれど
ある程度大人になるまで
自分自身異変には気が付かず
他者の大人が「普通じゃない」
当事者のその子供に伝えても
確かに苦しくも悲しくもあるのに
自分の置かれている環境が
どんな風に"変"なのかを
まだ幼い子供の世界で判断するのは
とても難しい事だった
他の大人が見ておかしな状況の中でも
自分にとって母は母なのだ
最愛なるたった一人の母なのだ
関心を向けて欲しい私は
母を守らなければ。とさえ思っていた
小学校の参観日は
母が離婚する前の1回と
離婚後の転校してから1回
暇さえあればギャンブルをしていた母
特別来られない事情などはないけれど
学校行事は運動会と卒業式を除いて
その後一度も来てくれた事がない
親子行事では
担任の先生と給食を食べ
家庭訪問では親が不在のまま
遠足のお弁当では
コンビニ弁当を持って行った事も
給食費は払った事がなく
集金に何度職員の方が来ても
母はいつも不在のため
当時市営住宅に母と二人で住んでいた
お隣さんが見兼ねて
「その子の親いつもいないのよ」と
その職員の方に伝えてくれていた
その後、中学生くらいになった私は
ばっちり精神崩壊をおこして行き
自殺まがいの事をしてしまい
精神病棟に入院をした
そんな状況になっても私は
"母を守らなければ"
自殺の理由を母に聞かれると
先輩にイジメられたから。と
私は嘘をついた
自分ではもういい加減に
どうして苦しんでいるのか
理由は解っているのに
本当の事を伝えられなかった
担当医にカウセリングで
「あなたじゃなく
あなたのお母さんの方に問題がある」
そう言われても
母が虐待で捕まったりしたら可哀想
私が母を守らなければいけない。
またそう思い
助けて欲しい。でも母を守りたい。
私が庇ってあげなければ。
そう思う気持ちの方が強くなってしまう
様々な虐待のケースがあるが
含めて専門家の間でよく言われる事
当のその子供本人は
母を愛している事がほとんどだ
たとえその子を施設に保護したとしても
「お家にかえりたい」
「お母さんと一緒にいたい」
そう訴え始める
親は自分の虐待を認めず
反省もせず
一向に変わることは無い
その子供は親を愛し
苦しみや悲しみはあるのに
そばから離れようとはしない
それを他人が
一緒にいさせるべきかそうじゃないか
その判断や行動はとても難しい
当時入院した時担当医に言われた
「あなたには辛い事実かも知れないけれど
あなたのお母さんは育児放棄をしています
これはどういう事かと言うと、
一種の虐待なんですよ」
そう言われた言葉を
今でもはっきりと覚えている
そして私はその医師の言葉を認めなかった
お母さんは大丈夫です。と。
頑張って認めてみようとしてみるが
気まぐれに優しくしてくれた時の
母を思い出してしまい
状況を認められず
そうするのもどうするのも辛く
結局どうにも出来ずじまいだった
その後もう少しここに居た方がいいと
私に勧める医師の言葉も聞かずに
私は自ら退院してしまった
大人になってから現在、冷静に考えると
世間を騒がせているDVやモラハラも
似たような心理なのではないかな。と
思う事がある
被害にあわれた方が
なかなか離れる決断ができないのは
基本は辛く悲しく苦しいのだけれど
その合間に見える一瞬の優しさ
それが一際輝いて見える
有り余るほどの愛情や優しさ
その中に包まれていると
それが当たり前で、傷付きも
気付きもしない
もはや空気のような感覚
それが逆ならどうだろうか
辛く悲しく苦しい日々
その中にある一瞬、一点の
優しさや愛情
それはより頼りにしたくなり
より輝いて見えて
無くさないように大切にしてしまう
私が守ってあげなくては。と
ある種無意識下での
洗脳に近いものがあると私は思う
そしてその理解の難しい自分の気持ちにまた
困惑してしまうのだ
そしてそんな複雑な心理を
子供なら余計に上手に扱う事など
到底無理だろう
いまだに
母との過去は消化されずに
何か同じ様な状況が起きると
私はたちまちに
フラッシュバックを起こし
当時を思いだして苦しくなる
それを現在の母に説明しても伝えても
母の怒りと暴言で
倍になって返って来てしまう
本人に自覚はあまりないのだ
しっかりと非を認めて
向き合って解決して行けるほど
「ごめんね。辛かったよね。」
そんな言葉をかけられるほどの
心の強さは母にはない
そんな事に気が付ける母なら
最初からこうなってはいないのだろうから。