資さんと庄司さんと実家の処分予告 | lummoxの長い1日

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駄文、散文、写真、絵日記…何を書くかわかりませんが、その日の気分で…

今日はご飯の話から…
 
昨日書いた通り、今日は助さんうどんさんで朝飯、本手打ちうどん庄司さんで昼飯。
 
これまでにも書いてきたように、最近の資さんうどんは、少なくとも私の感覚では「資さんうどんの名前だけ冠した別の何か」なんだ。
それは
  • おでんの汁が煮詰まりすぎている
  • うどんの麺が昭和の学校給食のそれ
  • 最近はごぼ天も「これはどこの何?」って感じ
「関東でも資さんできたー」と喜んだのも束の間、最近の資さんでは、出てくるおでんの汁はしょっぱ過ぎて「これは関東のおでんしか知らない人が味付けしてる?」と疑うレベルだし、うどんの麺は腰も柔らかさも全くの別物。そして更に追い打ちをかけるように、最近はごぼ天も本来の資さんうどんのごぼ天を知らない人が「天麩羅だからこんなもんでしょ」と適当に揚げたのが出始めだよ。その辺のスーパーなどで売っている小指ほどの小さな海老に太巻きの如く衣をつけて揚げたようなごぼ天…それって本当に「資さん」の名前を冠して良いものなの?
 
本来の資さんうどんを知らない人なら「資さんうどんっておいしいね」って言うかもしれない。でも、本来の資さんうどんを知っている人が一口食べたら怒りで箸を叩き折るとか、店を飛び出すレベルだと思うよ。全く資さんのうどんという気がしない。
 
そこで、私が今回頼んだのが「ぼた餅」と「貝汁ライス」
 
ぼた餅

 

貝汁ライス

 

資さんうどんの貝汁ライス…昔からあったのか不明だけれど(少なくとも私は知らなかった)、山口にいた頃は山陽小野田市のドライブイン「みちしお」の名物貝汁はよく食べに行っていた。

 

当然味は違うだろうけれど懐かしさもあるし、これなら余程のことがなければ「ハズレ」は無かろうと思っての選択。

 

妻は「細麺の肉ごぼ天うどん」をチョイス。

 
普通のうどん麵が落第点なので、細麺(さいめん)を選ぶのは素晴らしいアイデア。
まだ細麺は資さんらしさがあったよ。
で、丼の横に並んだごぼ天…見るだけで「これはなに?」って思う人は思うんじゃないかな。
 

少なくとも今日の「光」は

  1. 貝汁はおいしかった
  2. 細麺はまともに食べられる

この2点が分かったことかな。

 

そして昼は本手打ちうどん庄司さんへ。

今日は2人そろって「すったて!」

 

すったてうどんは、川島町のご当地うどん。

昨日も書いたけれど、宮崎県の郷土料理「冷や汁」に近いんじゃなかろうか。

胡麻たっぷりの冷たい味噌出汁に茗荷などの夏野菜をたっぷり入れて食べるうどん。

 

今日は雨で気温も少し低かったので、店の人が「折角頼んでくれたのに気温低くて…」と心配してくれていたけれど、それでも大盛をいただきましたよ。おいしかった。

確かに暑くて汗がダラダラ流れるような時ならもっとさっぱりおいしくいただけたかも知らんけれど、今回も文句なしだったよ。

 

それにしても、開店前に店について駐車場で待機していたのだけれど、その時間前に駐車場に並んだ車…10台くらい駐車していたけれど、ご当地「熊谷」ナンバーの車は2台のみ。

他は横浜とか板橋とか長岡とか…遠くは北九州ナンバーもいらっしゃったよ。

妻と「資さんうどん行って落胆してこっちに来たに違いないよ」ってこそこそ噂していた。

それが本当でない事を祈る次第。

 

夕食は、銀座毛西京漬けを焼いたものと先日新潟に行った折に買ってきた新潟納豆、サラダでシンプルに。

 

食後は今日食べていなかったのでバナナと牛乳も。

 

新潟納豆…昔はこんなパッケージ、こんなサイズの納豆を家族で分け合って食べていたな。

懐かしくて買ってきたけれど、「これぞ新潟納豆」って言うような感動はない。普段東京で食べている納豆と違いが分からないよ。

昔はさ、納豆にタレと辛子なんて組み合わせは知らなくてさ、家では塩と醤油をかけて食べていた。東京でこの話をすると「えー!」ってみんなびっくりする。

でもさ、昔の話(東京に出てきたばかりの頃)だけれど、専門校の友達に「スイカに塩をかける」って言ったら「えー!」って驚かれたこともあるし、別に東京だけが正しい訳じゃないし、ローカルルールはいくらでもある。正解って言うか間違いは存在しないって言うのが正しい見方だろうと思う。

正直、塩と醤油で納豆を食べてもあまりおいしいと感じない(先日少し試してみてその意見は変わらなかった)けど、まぁその当時はタレなんてものもなかったし、辛子って選択肢もなかったんちゃうかな。別に何にも不思議に思わず当然と思って食べていたよ。

 

 

兄からメールが来た。

先日「その内やる」と言っていた実家の処分のスケジュールが決まったらしい。

今年の10月には家を空にして処分するのだそうだ。

 

それまでに実家の中の整理をするので、欲しいものは引き取れとの事。

で、「実家にあると言っている漫画の在庫、私はどうしても見つけられないのだけれど、どこにある?」と聞いたら「俺も知らん。でも捨ててはいないはず」との答え。

 

もしかして、あそこにあったものが全て?

だとしたら「捨てていない」が嘘になる。家を改築し、私の部屋にあった漫画雑誌を全て勝手に束ねて屋根裏に放り込んで「すっごい大変だった」「早くどうにかしろ」と言い続けてきた父だが、今見つかっている程度の束なら、ものすごく言われ損だった気がしている。

自分ももっと何百と言う束をまとめて屋根裏にしまい込む重作業をしたからこその文句だと思うから申し訳なく拝聴していたのだが、あの程度の量だったら「そんな偉そうな口きくんじゃねー」と反発していたのに!と今更少し悔しく思うぞ。

まぁ今更攻める事でもないし、受け入れるしかないのだけれど…

 

もし、先日見た程度の分量しかないのであれば、整理は2日もあれば終わるだろう。

荷物の引き取りも「4t車を借りてきて…」とか覚悟していたけれど、ワンボックスで十分余る量だ。

もしかして、私も兄も知らない隠し部屋があるのかもしれないという期待(?)を持って、腰の状況が良くなったら探索に行く予定。

 

両親が亡くなって、田舎に帰る大きな理由がなくなっての寂しさもあったけれど、「実家が無くなる」って言うのも寂しいものだね。

私が家を出てから改築されて、私にもあまり馴染みのない家にはなっていたけれど、その土地にある様々な思い出…これは結構染みついているものだよね。

今までも家の周りをちょっと回ると「ああ、あそこには○△ちゃんがいて、よく遊んでいたな」とか「あの小路ではよく遊んでいたな」とか思い出すものだなって感心していたんだよ。

墓参りとかすることもあるだろうから、もう全く縁が無くなるって事でもないとは思うけれど、ほとんど縁が無くなるって言うのは間違いないね。今後は否かに行くとしても実家とはかけ離れた親戚の家にお邪魔することになると思うしね。

 

メールを貰ったらそんな感じの思いが駆け巡ったよ。

これも年を取った証拠なのかな…