ルルな時間
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角川庭園と西郊ロッヂング・杉並区荻窪

☆荻窪の南側には素敵な建物と庭園が残されています。

 

角川庭園

角川庭園は、角川書店の創業者で俳人だった角川源義の邸宅です。昭和30年(1955年)に建てられた近代数寄屋建築で、設計は加倉井昭夫氏です。

庭園には400本の樹木と草花が植えられています。茶室もあり、茶室前の庭には水琴窟があります。

 

 

 

明治天皇荻窪御小休所から太田黒庭園に向かう途中にこの建物があります。

「西郊・せいこう」は大正5年(1916年)、現在の文京区本郷に、下宿屋として創業。大正12年(1923年)の関東大震災で被災し、その後昭和6年(1931年)、旅館西郊本館が荻窪に移転したそうです。モダンな建物「西郊ロッヂング」新館が増築されたのは、昭和13年(1938年)だそうです。宮内省の技師だった初代の設計だそうです。

国の登録有形文化財の宿。「一泊からマンスリーまで、宿に泊まる、滞在する・アパートメントで暮らす」

一泊6000円から8500円。夕食2500円、朝食840円だそうです。

 

 

 

荻窪三庭園散策、とてもいい時間でした。

 

 

 

 

 

荻外荘公園・杉並区荻窪

☆荻窪の外に建てられた家なので「荻外荘」

建築家・伊藤忠太の設計。昭和2年(1927年)に、大正天皇の侍医・入澤達吉の別邸として建たてられ、その後、住まわれたそうです。昭和12年に近衛文麿に譲渡され2016年(平成28年)に国の史跡になったそうです。

 荻外荘の南側は芝生広場の公園で、広場内の井戸は現在も使用可能だそうです。

 

昭和前期3度首相を務めた近衛文麿の旧別邸。

 

応接間

戦前の昭和15男(1940年7月19日)に重要政治会談「荻窪会談」の舞台になった客間。

昭和20年(1945年12月16日)に自決した書斎、蔵、食堂、来客用手洗、居間、茶の間を見てきました。改修されることなくそのままだそうで、壁紙が特徴的で調度品が立派でした。

 

荻外荘の向かいに展示棟があります。2025年にオープンした展示棟の設計は、隈研吾の事務所が手掛けました。1階はcafeとショップ(虎玄・とらやグループが運営)、2階が展示室です。建物の写真はありませんが、坂ノ途中の多角形の屋根が素敵です。

 

以前住んでいた山田家のお庭を眺めながらお茶と軽食が食べれます。

鉱山学者山田直矢氏が所有していた敷地の一部に展示棟が立っています。令和に至るまで四代に渡り山田家が住んでいたそうです。昭和初期まで「山田別荘」と」呼ばれていたそうです。山だけは志賀直哉と親戚関係にあり、志賀直哉の葬儀で使用された大谷石の祭壇が山田家の庭で使われていたそうで、展示棟の2階にはその大谷石が使われたそうです。

パンとおにぎりのセットがあります。

次回はかき氷と最中にしましょ(笑)

太田黒公園・杉並区荻窪

☆音楽評論家の草分け、太田黒元雄の屋敷跡

 

樹齢100年を超えるいちょう並木が家の入り口にあります。

昭和56年(1981年)に杉並区が、回遊式日本庭園として整備し開園したそうです。

 

太田黒さんの仕事部屋だった洋館。現在は記念館。

 

スタインウェイ社製のピアノ(1900年ドイツ・ハンブルグ工場で製造。外装はマホガニー仕上げ)

100年を超え老朽化したピアノを、楽器として復活させようと「ピアノを守る会」が設立され、大阪堺市の工場で修復されたピアノだそうです。

 

 

太田黒元雄氏は東京音楽学校(現・東京藝術大学)にて、ハンカ・シェルデルップ・ペツォルトに師事。大正1年(1912年)に渡英し、西洋の芸術全般に触れる。「音楽と文学」を刊行し、西洋音楽を広く紹介。

 

秋の黄葉にもう一度この景色を見に来たいです。

明治天皇荻窪御小休所・杉並区荻窪

☆明治天皇行幸時の休息所

江戸時代、この場所のすぐ北の道路は青梅街道の旧道で、街道沿いには一帯の名主を務める中田家が屋敷を構えていたそうです。

『明治16年(1883年)埼玉県飯能の近衛師団演習統監に向かう途中、1時間ほど中田秀吉(村右衛門の父)邸で休息された後、名馬「金華山」に乗り換え、反応に向かわれた。1週間後には、小金井の観桜会へ向かう途中で同邸に立ち寄られた。この2階の行幸に際して金七拾円が下賜され、感激した中田氏は小金井桜を買い、青梅街道経由で荻窪の邸に荷馬車で運んだという。以降、明治天皇が崩御する明治45年(1912年)まで、侍従らにより毎年行われた小金井観桜遠乗会の折にも必ずこの御小休所が利用された。』と新聞記事になっています。

 

14代中田村右衛門氏から現在の持ち主藤澤氏に昭和21年(1946年)に家屋敷を譲渡した。その後昭和62年(1987年)に17階のオフィスビルが建てられた。建築の際にビルの南側に移築復元され、長屋門も御小休所も現存しています。

初代は、文明年間(1469年~1486年・室町時代(戦国時代初期)に関東管領上杉顕貞(あきさだ)の家臣中田加賀守が知行千町歩(三百万坪)を拝領して荻久保村(荻窪)を治めたそうです。江戸時代には中田家は周辺一帯の名主を務めたそうです。

初代が荻窪白山神社など五社を屋敷内に崇め祀ったのが創始だそうです。

 

15代当主になるはずのご長男が亡くなって譲渡した時に、長屋門と御小休所をこのまま残してほしいと依頼したそうで、藤澤氏はこの約束を守り、太平洋戦争後文部省史跡指定が解除され、石碑取り壊しを命じられても応じず、長屋門と御小休所についても現状保持に努めたそうで、ビル建設で移築されたとはいえ、昔の姿をとどめています。

長屋門の内側は自転車置き場になっていましたが、この姿を見ることができて良かったです。

今回の散策のスタートに出会った古の時間に感激でした。

荻窪白山神社・杉並区上荻

☆歯痛の治る神様としても信仰

ご祭神…伊邪那美命

創建…文明年間(1469年~1486年・室町時代(戦国時代初期))

関東管領上杉顕貞(あきさだ)の家臣中田加賀守が知行千町歩(三百万坪)を拝領して荻久保村(荻窪)を治め、敷地内に五社を勧請して崇め祀ったそうです。

中田加賀守の弟、兵庫が激しい歯痛に悩んでいると、白山の神様が、夢に現れ「境内の萩を橋にして食事をするように」と御神託されたそうです。その通りに萩で食事をすると歯の痛みが止まったそうです。

昭和42年(1967年)の環状八号線の拡張にともない社殿を造営したそうです。社殿のすぐ裏が道路です。

古い社殿の長押から納められた萩の橋が山のように出てきたそうです。明治42年(1909年)の古記録に、神前に供えられた萩の箸が山となっている様子が記されているそうです。

 

手水舎の側に、万作が咲いていました。早春に咲くことから「まず咲く」から「まんさく」になったそうです。アカバナマンサクかと思います。

珠猫の手水鉢

昭和42年の改築の際に、十二支の瓦が奉納された時に、当時の神主が、「仲間外になるのがかわいそう」と、十二支にない猫の石造を設けたそうです。

 

 

 

御朱印もいただいてきました。書置きの御朱印で、裏がシールになっています。

椿山荘・ムーミンアフタヌーンティー

⭐︎ムーミンの世界に出会う冬のティーパーティー

 

 

 

 

 

一段目…スイーツ4種

*雪降るムーミンやしきホワイトチョコレートケーキ

*オーロラジェル

*ムーミンのしっぽムース*ムーミンけっきー

二段目…スコーン3種&タルト(クロテッドクリーム&ジャム2種)

*プレーンスコーン

*メイプルとクルミスコーン

*コケモモのスコーン

*リトルミイかくれんぼタルト

三段目…セイボリー3種

*リハピーラッカ風ミートパイ

*パンケーキとスモークサーモン

*ニシンのスモーブロ

紅茶は季節の紅茶を含む約20種類の茶葉からお取替え、おかわり自由で楽しめます。

ウエルカムドリンクは「雪とオーロラをイメージしたハーブジュース」綿菓子をジュースに落とすとキラキラとオーロラが現れます✨

 

 

ミーに変装の姫

 

大宰府の「大盃」紅梅、「冬至梅」白梅

 

河津桜

 

東京雲海。18:40から1時間ごとに4回、オーロラの庭園になるそうです。(2/5まで)

残念ですが、まだ17時でしたので見てきませんでした。

 

椿の木の根元にはt「椿の花」のオブジェが

 

三重塔「圓通閣」…平安朝の参議・小野篁ゆかりの寺院、広島県の篁山竹林寺(たかむらやまちくりんじ)から、大正14年(1925年)に移築されたそうです。大改修の子機に室町時代前期(1420年頃)の部材が使われていることが判明したそうです。

2026年は移築100年周年。

 

 

 

庭園でシールラリー

 

 

娘二人と姫と私の4人で、ルンルンティータイムでした(^^♪

2026年丙午

☆元旦から12日まで

携帯の画面をスクリーンショット「0:00」

7:09やっと見えてきた「初日の出」。日の出時間は6:52.

7:08西の空。朝日が当たった富士山。ベランダから。

毎日続けているテレビ体操。元旦は勢ぞろい。

大みそかに作ったおせち料理。

15歳のジュアンと8歳の姫。

お正月室礼。

菩提寺の大圓寺に年始のご挨拶、元旦に。

氏神様の下里氷川神社に初詣、2日。

年賀状は今年も版画です。

1日に都内に出かけた時に見た、田無神社のお詣り列。閉館した雅叙園は静かな建物になっていました。帰りに、武蔵野珈琲でパンケーキでひと休み。

 

4日はジュアンと娘がバイクでツーリング。帽子のヘルメットをかぶって♡。9日に沖縄のMIMURIさんから「ネコチャーン」が姫に届きました。

 

10日バイカオーレンが咲きました。

5日、スノードロップ(待雪草)が咲きました。雪が残る早春に咲く下向きの白い花、春の訪れを告げる花。

8日の西の空。夕日の中の魚のような雲。

12日、体操教室の窓からの綺麗な形の冬の富士山。

 

今年も穏やかに過ごせますように^^♡。

2025年クリスマスリース

☆子供たちも参加してくれたクリスマスリース作り

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつも大変ですが、こんなに楽しい時間が持てるのは本当に幸せですわ(^^♪

ジュアンと姫と軽井沢・軽井沢プリンスウエストドッグコテージ(10/16~/17)

☆8名部屋のコテージで広々ゆったり滞在

 

車にピッタリに作った箱の中で快適ドライブ。

 

ドッグランつきコテージ


ジュアンは入室すぐにゲージのトイレでおしっこをしました‼テルテル坊主が今年もお迎えしてくれました。

 

シマインターナショナル軽井沢ベアーズ・旧軽井沢で、姫の幼稚園の制服でベアを作ってもらいに行ってきました。たくさんの制服のベアちゃんんも制服が飾られていて、その中に愛子内親王のベアちゃんもありました。

 

 

 

ランチは旧軽井沢の「つるとんたん」のドッグ可席で、うどんをいただきました。夕食は、「旧軽井沢KIKYOキュリオ」(ヒルトン)の予約したピクニックボックスと「浅野屋」のパン、「つるや」で色々購入をコテージで食べました。朝食はプリンスホテルのブッフェダイニング。次の日のランチは「きりさと」でお蕎麦です。

 

ホテルで集合写真を撮り忘れたので、高速のサービスエリアで撮りました…!

 

ジュアン15歳、来年も軽井沢に行きたいですわ。

練馬大鳥神社・練馬区豊玉北

☆酉の市・一の酉

 

10時にお詣り。露店が回転してお待ち理が始まるのは14時からだそうです。

 

 

ご祭神…天之日鷲命(あめのひわしのみこと)・鶴御霊(鶴霊神)(つるのみたま・つるのれいじん)

創建…正保年間(1645年~1648年・江戸時代)

伝承によれば、正保2年(1645年・江戸時代)中荒井村に3羽の鶴が飛来した。村人はこれを瑞祥として大切に保護した。この鶴が死んだ後、祠を建て、その霊を祀ったことに始まるそうです。その後、この地に社殿を建立し、和泉国一の宮の大鳥神社から天之日鷲命を勧請したそうです。

社殿にはの彫り物があります。

 

石薬師如来…追善供養仏事」に配当した十三仏の一つで万病を治癒する仏様として、古くからの信仰があるそうです。元は違うところに立っていたそうですが、いつごろかここに移ってきたそうです。

薬師如来はふつう寺にあるもので、神社にあるのは珍しく、ここ大鳥神社は「神仏一体」で境内に祀られています。

 

開運熊手御守(「かっこめ」、「はっこめ」)と福を搔き込み、幸せの御神徳を戴くもの)

南に向けてお祀りして、一年無事に過ごせますように。そして、来年もお返しにお詣りできますように。

書置き御朱印をいただいてきました。

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