夜に書く私のブログは少し鬱鬱としているので

そういうのが嫌いな方にはごめんなさい。


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今日の本は宮本常一氏の「忘れられた日本人」から。


この本の最初の方には、対馬の村の寄り合いの話が書かれている。

例えば、「宮本氏に村の古文書を貸すかどうか」という問題が出たとする。

そうした時に、貸すことの良し悪しを直接議論するのではなく

各自がその問題に関連がありそうな経験を順次話していくのだ。(例えば、貸したら返ってこなかった経験とか)。

集まった者がみな時間制限なしに話していくので長時間になる。だから途中で帰って食事をする者もいる。

話が出尽くした時点で年長者やまとめ役(ここでは区長)が結論に導くという仕組みだ。


その話から、私は新美南吉のごんごろ鐘を思い出した。ごんごろ鐘の名前の由来について、ある人は鐘を作った人の名前だと言い、ある人はごんごんという鐘の音が訛ったと言い、村人それぞれが自分の知識や経験を言っていくのだ。しかし

正しいとか間違いという論議ではなく、「私はこういう話を聞いた」、「私はこう思う…」と諸説を並べている様子が見えてくる。


今の人はどうなんだろうか。反対だの賛成だの、正解だの間違いだのと、結論を各自が持っていて、自分が賛成している結論に有利な事を言い、それに反対する意見を論破するというイメージがある。

しかし、宮本の見た対馬の寄り合いや、(恐らく実体験を元にした)新美南吉の童話の中の村人の会話は、現代の議論とは似ているようで違うように思う。

昔の村社会は、最後は長老や偉い人に判断を委ねる(その代わりそうした偉い人が責任を負う)という図式になっているせいもあるだろう。そして時間はかかるが、ひとまず皆が等しく自分の経験や聞き伝えを言いたいだけ言えると言う事もポイントだ。

自分の知っている事を全部話すという事は、合議という意味で大切だ。

人に聞いてもらったという事はカタルシスになるし、話すという作業は自分の話している内容を客観視する一助となる。こうすると、結論は多数決ではなく長老や偉い人が決めるのであっても、もやもやや不満が残りにくいのだろう。そして責任は判断を下した長老や偉い人が負うというのも理にかなっている。


本には他にも、「かつて日本に多く見られたけれど今は失われた」人々の営みが書かれている。

昔の方が良かったとは私は思わない。物事には一長一短があるし、今の世は皆がずる賢くなりすぎて、過去のおおらかな方法はもう通用しないと思う☘️