最近落語を聴いている。
たまたま録画した「心眼」は
目の不自由な人に対する差別用語とか出てくるので、なかなか放送では取り扱ってくれない演目だそうだ。
それにしても、そのマクラで言っていた話だが
身体の不自由な人とかがお客様の中にいると
それが楽屋に伝えられて演目が配慮されるという話には少し驚いた。
それはいつからの風習なのかはよくわからないが
驚きつつもそうだろうなあと思った。
なぜならば落語で田舎者が出てくるが語られる方言は、お客様が不快な思いをしないように
特定の地域の方言ではないと聞いたことがあるからだ。
そういう配慮のある世界ならば、さもありなんということだ。
差別語は取り扱いが難しい。それを聞いて不快に思う人がいれば使わないというのが原則と思う。
ただ
言葉だけにこだわってもなあ、と思う。
さて、この話、サゲがいろいろあるようだが
私がテレビの録画で観たもの(演者は春風亭一之輔)はwebで散見するサゲとは違っていた。
心眼という題名ならばこのテレビで観たサゲの方が、ふっと一瞬考えさせてそうかと腑に落ちるという奥深さがあるので、心眼という言葉の重さに相応しいと思う。(作者の圓朝のサゲとは違うけどね😅)
落語は演者によって変わるので本当に「出会い」だね☘️