『キック・アス』

2010年アメリカ・イギリス映画 117分

監督:マシュー・ヴォーン

脚本:ジェーン・ゴールドマン マシュー・ヴォーン

出演:アーロン・ジョンソン クロエ・グレース・モレッツ 他


Pからまた唐突に「観て」と言われたので映画館へ。ここ数年、映画館に行く習慣が完全に無くなってるので新鮮。先入観も無いので何繰り出されるか分からない。そして未だに、Pがどういう基準で「観て」と言ってくるのかも分からない。


ヒーローに憧れる冴えない男子高校生がコスチュームを通販で買って、勝手にヒーローになり切るという無茶苦茶ヒーローコメディ。面白い。「サウスパーク」みたいなノリで、学生の頃の私なら熱狂的に飛び付いてた。こりゃPも単に「面白いから観て観て!」ってことだったんだろうな、たぶん。


アメコミ原作ではあるけど、メタ構造的な作りなので、一言でストーリーを説明するのは難しい。その手の映画って、内輪の自己満足だけに終わってぐだぐだになることも多い(「僕らのミライへ逆回転」とか)のだけども、その点は比較的しっかりしていると思う。ただ、リアリティがどこら辺に設定してあるのかは最後まで微妙に分かんなかった(特に主人公の恋愛線。絶対裏があると思ったけどあっさり行った)。


いろいろあるけど映画終わって何だけ残ったかというと、ヒットガール(クロエ・グレース・モレッツ)のキュートさ。自分と妻を陥れた犯罪組織に復讐しようとしてるニコラス・ケイジ(いい仕事してるよねこの人ホント)の娘なんだが、まだ小さいのに戦闘技術を叩き込まれててめっちゃ強い。ガンガン人殺してく。この映画、R-15ってなんでかなと思ってたらそういうとこだったのね。


作り手もたぶんそれがやりたかったんだと思われ、描写のテンションもちょっとやり過ぎなくらい。わざと怒られるを狙ってるかのようで楽しそう。演じたクロエちゃんの将来に悪影響が表れないことを願うばかりですが、女の私でもヒットガールにはポーッとなっちゃったくらいなので、これからいろいろ大変だろうな、この子。


★★★★★★★★☆☆

『青春の蹉跌』

1974年日本映画 85分

監督:神代辰巳

脚本:長谷川和彦

出演:萩原健一 桃井かおり 他


ショーケンがカッコいい。ホントにカッコいい。そしていっつも桃井かおりとセックスしてる。


石川達三の同名小説が原作。学生運動をやめ、アメフト部選手として活躍しながら司法試験を目指す大学生野賢一郎(萩原健一)。家庭教師をしていた登美子(桃井かおり)と付き合っているが、資産家の娘・康子(壇ふみ)と婚約し、妊娠したという登美子を思い出の雪山で殺す。実際の事件が基になっているとか。


ズルくて古くてハッキリしてて、これ、紛れもなくニューシネマ。特に期待もせずに観始めたが、こんなにバチッとキマった映画が日本にもあったんだなぁと衝撃を受ける。救いのないエンディングには思わずぐへーとなっちまう。元から有名な映画かもしれんが、もっと有名でもいいような。


それにしてもこの頃の日本映画を観てていつも思うのは、この頃のこの人たちは一体どうなったんだろう、ということ。原作小説は68年、基となった事件は66年なので年齢的には少しずれるが、映画で演じるショーケンや桃井かおりといった人たちは、大体、親と同世代。まだバリバリ生きてる人たちだが、この頃の身を切るような「転向」を今どう思ってんだろうか。この映画で資産家の伯父が言うように、やっぱ「若気の至りだった」という程度にしか思ってないんだろうか。まあ、未だに「転向」せずにいられてもそれはそれで鬱陶しいのだけど…。


ちなみに私の両親は高卒で、福岡から出たこともないので、同世代とはいえ学生運動の波とは基本的に無縁だったと思われる。この時期の日本映画の若者の基本トーンって虚無感一色だけど、同世代間での意識の濃淡というか、中央と周縁の差異みたいなところも一体どうなってたのかなぁと思う。


森本レオが切ない。壇ふみが可愛い。途中挟み込まれるCM映像が凄い。桃井かおりの裸はエロいがセクシーじゃない。これもいつも思うことだが、日本人の女の裸もこの40年くらいでだいぶ変わったんじゃなかろうかと思う。基準が変わったのか、見せ方が進化したのか。


   婚約披露パーティで挨拶する賢一郎。

   登美子を殺した後で。

賢一郎「伯父さんは前に…小野精二郎の結婚は馬鹿げていると言いましたね。あいつは、ゴミのような人生を送っている…。でも僕は、彼は、愛する人を…妻を、子供を、愛しただけだと思います。同じように僕も、康子さんを愛しています。ゴミのようなことということについて言えば僕は、康子さんを愛したことによって、ゴミのようではなく、夢のような人生を送っていきます。どうも回りくどいことを言ってるようですが、これだけは事実なんです。僕にとって…夢のような…嬉しい事実なんです。どうも、司法試験の勉強ばっかりやってるので、失語症に罹ったようです」

   一同笑う。


★★★★★★★★☆☆

『カンパニー・マン』

2002年アメリカ映画 95分

監督:ヴィンチェンゾ・ナタリ

脚本:ブライアン・キング

出演:ジェレミー・ノーサム ルーシー・リュー 他


SFサスペンス。ハイテク企業の産業スパイとして雇われた平凡な男モーガン(ジェレミー・ノーサム)だが、仕事をするたびに謎の映像がフラッシュバックする。そんな中、リタ(ルーシー・リュー)という謎めいた美女に出会い、自ら記憶を消して「平凡な男」になっていたモーガンの秘密が明らかになっていく。


最近、映画の見方が雑になってる上、こねくり回したストーリー展開だったので正直さっぱり…。「あ、そういうこと」という程度の感想しかない…。


ヴィンチェンゾ・ナタリは「CUBE」の監督。「CUBE」スゲー!って言ってたのは確か大学入ったばっかの頃でした。そう考えるともう立派に一昔前だねぇ。確かに「CUBE」にはショックを受けた、で、そのノリで観るとこの映画もスゲー!となったのかもしれないが、なんか、もうね…。00年代ってあっという間でしたよね…。


ルーシー・リューが出てくると途端に安っぽいと感じてしまうのはなんでなのか。そして終盤、芝生みたいなとこからぬおんと出てきたエレベーター(?)の造形に失笑。フラッシュバックの映像も微妙に懐かしいクールさ。


   フラッシュバックの後、目覚めたモーガン。

   リタがいる。

   データと交換に、発信器をつけられるモーガン。

モーガン「また君に会える?」

リタ「”金庫”を出たら迎えに」

モーガン「その後だ」

リタ「二度と会えないわ。あなたのためよ」

   背を向けるリタ。

モーガン「このまま生きろと?」

   リタ、切なそうにモーガンを見る。

   キスをする二人。


★★★☆☆☆☆☆☆☆