『ゴッドファーザー』

1972年アメリカ映画 175分

監督:フランシス・フォード・コッポラ

脚本:マリオ・プーゾ フランシス・フォード・コッポラ

出演:マーロン・ブランド アル・パチーノ 他


子供の頃、父方の年寄りたちが近江近江と話しているのをよく聞いた。滋賀に親戚がいるのかなくらいに思っていたが、もともと先祖は近江に住み、いつごろか知らないが今の場所へ移り住んだということをほんの数年前に知った。


何やらかしたか知らないが、落ち延びなすったねー先祖、というような山あいの小集落である。平地の村までは車で小一時間ほどかかるし、店も学校も当然ない。バスもない。平地とは気温が違い、九州なのに冬は雪で閉ざされることも珍しくない。うちの親戚以外の人が住むメリットなど何一つない場所である。おそらく血も相当濃いのであろう、母は嫁いだ最初の年、似たテイストの顔の人たちが次々挨拶に来る正月に「何ここ…」と物陰で泣いたそうである(そして産まれた私がまたしても同じテイストの顔をしていることに愕然としたという)。


集落の周りにはいくつも山があるのだが、その中に「墓の山」というのがあった。死んだ人は皆そこに土葬されており、風化しかかった古い墓石が幾つも立っていた。小さい山なので登りやすく、石投げて遊んでたりしたら「それ墓!」と怒られることも多々あった。


しかしさすがに原始的すぎるということになったのだろう。数年前、祖父と父は「墓の一本化」に乗り出し、「墓の山」を掘り起こし始めた。泥まみれの大腿骨一本持って「この人んとはこれでよかろう」と次々桶に放り込んでいく祖父と父を目の当たりにし、母は泣きながら私に「あの人たちを何とかして」と電話してきた。


が、いかんせん「あの人たち」と同テイストの娘である。止めるというより興味が勝り、何か面白いことがあったかと尋ねてみたところ、変な物を見つけたと父が言う。古い墓石に彫ってある字をそれぞれ調べていったところ、


平助(聡士郎)

弥吉(聡士郎)

彦兵衛(聡士郎)


という具合に、名前の横にもう一つ(聡士郎)という名前が付いているという。どうやらこれ、代々の家長が集落の外に出るときに名乗った名前らしい。名字は昔住んでいた場所の名前にちなんでいると聞いたことがあるし、ああそのシステム、まったくもってこの映画のドン・コルレオーネ(コルレオーネ村出身一族の長、という意味ね)じゃん…と噴き出してしまった。


しかしまたえらい落差である。この攻撃性の違い、単一民族の日本と人種入り乱れるアメリカとの違いか。でもこの、「家」への愛を優先させるあまり「個人」を犠牲にするっていう矛盾はそのまま共通してる気がする。そんで私、女に生まれてよかったなぁと思うのである。私はそんな矛盾とは縁を切れる立場にあるし、ドンにも聡士郎にもならなくていい…でも、切った後どうやって生きていけばいいのか、その答えは未だに分からないのであるが。


ちなみにうちの集落だが、現・聡士郎であるじいさんが「そげなもんいらん」と言うのでアンテナ立てられず、未だに携帯の電波入りません。


   一家の結婚式。

   そこへ現れた人気歌手のジョニー(アル・マルティーノ)。

   一家の三男マイケル(アル・パチーノ)の恋人ケイ(ダイアン・キートン)が

   なぜジョニーが来たのかと尋ねる。

マイケル「彼が駆け出しの頃、つまらない契約を結んでたんだ。ビッグ・バンドのリーダーとね。有名になるにつれ、その契約が邪魔になった。ジョニーは親父の名付け子だ。親父はそのリーダーと会った。一万ドルで話をつけようとしたが、相手は断った。それで次の日、親父はルカを連れてまた出かけた。一時間で話はついた…たったの千ドルで」

ケイ「どうやって…?」

マイケル「文句を言わせなかったんだよ」

ケイ「…どういうこと?」

マイケル「ルカが銃を突きつけて、サインするか、頭吹っ飛ばすかと親父が聞いたんだ」

ケイ「……」

マイケル「本当の話だよ」

   甘い歌声を披露しているジョニー。

マイケル「それが僕の家族さ」

ケイ「……」


★★★★★★★★★☆