『野良犬』
1949年日本映画 122分
監督:黒澤明
脚本:黒澤明 菊島隆三
出演:三船敏郎 志村喬 他
観終わって、尺がわずか2時間ほどだったということに驚く。上がりっぱなしのテンション、がっちがちの構成。黒澤の暑苦しいくらいの思い入れが、いい風に転んだ作品。考えてみると、三船と組んだ初期、50年前後の黒澤映画は作品としての浮き沈みが結構激しい。
「酔いどれ天使」◎
↓
「静かなる決闘」?
↓
「野良犬」◎
↓
「醜聞」?
↓
「羅生門」◎
↓
「白痴」?
「◎」と「?」が交互に来ている。「?」となる作品も好きだったりするんだけど、ハマってるかハマってないかでいうと、個人的な印象ではこういう感じになる。黒澤が作品に込めた熱はどれも同じくらい強く、メッセージも一貫してて、そのことは十分に分かるんだけど、このバラつき。黒澤も迷ったり悩んだりしまくってたんだろうなぁなどと、親近感を覚えてしまう。
満員のバスの中で拳銃をすられた若手刑事・村上(三船敏郎)が上司の佐藤(志村喬)と共に、闇社会に流れた拳銃の行方を追うという話なのだが、刑事ドラマのはしりと目される作品だけに、次々現れる関係者・証言者の描写から見えてくるドラマがとても深い。
ストーリーの核を成すのが、村上と、盗んだ拳銃を手にして事件を起こした真犯人・遊佐(木村功)の対置関係。共に復員時、列車の中でリュックをすられたという過去を持つ二人だが、村上はその時「こんな社会を変えねば」と思い、遊佐は「こんな社会なら何やったっていい」と思ったという。
この善悪の配し方の中には、49年という時代の特殊性と共に、今に通じる普遍性も含まれている。その辺りが「静かなる決闘」とかと比べると格段に分かりやすく、また話としても洗練された印象を与える要因になっていると思う。終盤、二人が対峙する森の中のシーンに聞こえてくる平和なピアノの音や子供の歌声、倒れた二人の目に映る風に揺れる花といった演出はその絶妙なバランスの上に成立してるもので、何というか、「黒澤君!あんた、掴んだね!」と声をかけたくなる。
プロットの巧みさについては書き出すときりがないので、印象に残るところだけ。前半、銃を盗んだ女を追う村上が延々東京の街中(まだあちこちに瓦礫が残っている)を歩きまわるシーンがあり、それ自体も興味深いのだが、捕まえた女が「ゆっくり見るのなんて20年ぶりだ」と見上げる夜空が妙に迫ってくる。
それから、遊佐が思いを寄せていた踊り子のハルミ(井田綾子)。黒澤の描く女ってやっぱなんかこう、野獣系というか、迫力ある感じが多いなぁと思ってしまうのだが、この人は踊りが凄い。あと、ブルマ姿(!)が凄い。これはまあ、時代の流行のせいもあるのかもしれない。
あと、遊佐を追い詰めるホテルのシーン。遊佐が警察の存在に気づき、佐藤がそれを村上に電話するというカットバックを多用したくだりなのだが、これは凄いなぁ。電話なんて当たり前の小道具になっちゃってるからここまで考えて使うことないもんなぁ。今まで自分が書いてきた数々の電話シーンを猛反省してしまう…。
そして、そんな全てを包み込むような空気感。画面を見てるだけで、しかも白黒で、うだるような蒸し暑さや、叩きつけるような土砂降りを体感してるような気がするなんて、他の映画じゃちょっと経験がない。
そして最後に役者のこと。三船は飽きもせずやっぱりカッコいい(最近、手塚治虫「ブッダ」を読んでたんだけど、この頃の三船はタッタに似てる)のだが、この作品では遊佐役の木村功が良かった。ホントにこの人、神経質で手がつけられないくらいひねくれた男の役がよく似合う。好きなんですよ、こういう人。
佐藤の家。
縁側で、配給のビールを飲んだ佐藤と村上。
のどかなカエルの声が聞こえている。
佐藤「俺の家もご覧の通りのあばら家だが…遊佐のとこも酷いね。人間の住まいじゃないな、あれは…。汚いものにはウジが沸くってもんかな」
ずっと考え込んでいた村上、口を開く。
村上「世の中には、悪人はいない。悪い環境があるだけだ…。そんな言葉がありますが、遊佐って男も考えてみりゃ可哀想ですね」
佐藤、村上を見て、
佐藤「いかんいかん。そういう考えは俺達には禁物だよ。犯人ばかり追い回していると、よくそんな錯覚を起こすが、一匹の狼のために傷ついたたくさんの羊を忘れちゃいかんのだ。(壁を指して)あの額の半分は死刑囚だが、大勢の幸福を守ったという確信がなかったら、刑事なんてまったく救われないよ。犯人の心理分析なんて、小説家に任しとくんだな。俺は単純にあいつらを憎む。悪い奴は悪いんだ」
村上「僕はまだ、どうもそういうふうに考えられないんですよ。長い間戦争行ってる間に、人間ってやつがごく簡単な理由で獣になるのを何回も見て来たもんですから」
佐藤「うーん…君と僕の、年齢の差かな。それとも、時代の差かな。あ、何とか言ったね、あー、アップ、アプレ…」
村上「アプレゲールですか」
佐藤「ああ、それそれ。その、戦後派ってやつだよ、君は。遊佐もそうかもしれん。君には遊佐の気持ちが分かりすぎるんだよ」
村上「そうかもしれませんね。僕も復員の時、列車の中でリュック盗まれたんですよ」
佐藤「ほおう…」
村上「ひどく無茶な、毒々しい気持ちになりましてね。あの時だったら、強盗ぐらい平気でやれたでしょう。でも、ここが危ない曲がり角だと思って、僕は…逆のコースを選んで、今の仕事志願したんです」
佐藤「うーん…まあ、やっぱりね…」
村上「は?」
佐藤「いや、その、つまり…あー…アップ、アプ…」
村上「アプレゲール」
佐藤「うん、そのアプレゲールにも、二種類あるんだな。君みたいなのと、遊佐みたいなのと。君のは本物だよ。遊佐みたいなのは、その…アップ、アプ、アプレ…ガエルだ。いや、アキレケールさ」
笑う二人。
★★★★★★★★★☆