『スクール・オブ・ロック』

2003年アメリカ映画 108分

監督:リチャード・リンクレイター

脚本:マイク・ホワイト

出演:ジャック・ブラック ジョーン・キューザック 他


最近引き受けた仕事の参考になりそうなので見る。


ダメすぎるバンドマンのデューイ(ジャック・ブラック)がひょんなことからエリート小学校の教師となって子供たちにロックを教えるという話。もう何度も見た映画だけど、やっぱり笑ってしまう。点描で描かれるロックの授業が実に的確にツボついてていい。この映画の音楽コンサルタントを務めてたのがジム・オルーク(!)ってとこにも表れてるように、作り手にロックがちゃんと沁みついてる。偉い。


実に明快な脚本。のっけから掴む。デューイのむさ苦しすぎるギタープレイ。そこから坂道を転げ落ちるように不運を重ねていく様にも無駄がない。予想を超える感慨を引き起こすような奇跡的脚本というわけでは決してないのだけど、きっちり仕事をこなしている。


で、そういう、いい意味でシンプルな脚本がここまでユニークで強い映画になった所以は、ひとえにキャスティングの力だと思う。まーよく揃えたわ。ギターの子やドラムの子といった天才楽器少年少女たちはともかく、マネージャーの子やスタイリストの子なんかはどっから連れてきた?小学生なのにオネエキャラができるって、一体誰がどうやって調教してるんだ。


そして一番の立役者がジャック・ブラック。この脚本はマイク・ホワイト(ネッド役で出演)が彼を想定して書いたものらしいけど、やっぱなって感じ。普段から付き合いがないと書けないホンだし、面白さの純度が非常に高い。なかなかこうはいかないものなのですよ、わけ分からん会議でわけ分からん人の意見を聞いたりしてると、エッジの利いた部分ってのはどんどん削られてっちゃうから。


ジャック・ブラックとマイク・ホワイトのこうした仕事ぶりというのは、「the office」のリッキー・ジャーヴェイス&スティーヴン・マーチャント、「となりのサインフェルド」のジェリー・サインフェルド&ラリー・デイヴィッドらを彷彿とさせる、というよりおそらくほとんど同じ役割分担。もっと言えば、「モンティ・パイソン」のジョン・クリーズ&グレアム・チャップマン、テリー・ジョーンズ&マイケル・ペイリンといった人たちもそう。俗っぽく言えばボケとツッコミという関係に置き換えられるのかもしれないが、もっともっと戦略的。コメディの世界ではこういう体制を確立した人たちが本当に強い。冗長なステップを省いて実現に持ち込めるから、最初の閃きが保てるんだよなぁ。


で、私は昔からずーっとそういう体制に憧れてる。なれるものなら、そういうコンビの策士的立場の人になりたいと思っている。でもねぇ、いかんせん私は女なのですよ。そういう密な意思疎通を図るには、相手が男だとどうしても異性としての遠慮が生まれるし、逆に女だとパフォーマンス的に限界がある。難しいもんだねぇ、と思いつつ、だから私は一人、流しの侍のように仕事をしているというわけ。


   何も教えてくれる気配のないデューイ。

   子供たちが授業をしてくれという。

デューイ「俺に何かを教えてほしいだって?よし、じゃあ教訓を与えよう」

   立ち上がるデューイ。

デューイ「『諦めろ。やめろ。この世では、誰も勝てやしない』…頑張ってもいいが、結局破れ去るんだ。ボスの天下だからな!」

子供1「ボスって?」

デューイ「ボスを知らない?どこにだっているよ。ホワイトハウスにも。校長だってボスだ」

子供たち「……」

デューイ「ボスはオゾン層を壊し、アマゾンを焼き、シャチをとらえて見世物にする!」

子供たち「……」

デューイ「ボスには向かう手段がロックだった…。だがやられたよ、ボスに骨抜きにされたんだ、MTVでな!」

子供たち「……」

デューイ「クールで純粋なものを求めても時間の無駄だ。ボスは君らを負け犬と呼んで、心をつぶすんだ。だから諦めろ!」


★★★★★★★★☆☆