『レイジング・ケイン』

1992年アメリカ映画 92分

監督:ブライアン・デ・パルマ

脚本:ブライアン・デ・パルマ

出演:ジョン・リスゴー ロリータ・ダヴィッドヴィッチ 他


参考図書ならぬ参考映画。仕事の関係で送られてきた。


多重人格者の話。本筋とは関係ないハッタリが多々あるため要約しづらいのだけど、平凡な男カーター(ジョン・リスゴー)と、いかにも悪そうな双子の弟ケインが父親の実験のために子供を誘拐していると。その実験というのは多重人格者を人工的に作るためのもので、結局はカーターとケインも父親によって作り出された同一人物の別人格だった…という話。そこに、妻ジェニー(ロリータ・ダヴィッドヴィッチ)と昔の男ジャック(スティーヴン・バウアー)との焼けぼっくい話なんかが絡んでくる。


カーターの豹変ぶりは怖いし、そういえば何かで見た本物の多重人格者もこんな感じだったなぁ、などと興味深いっちゃ興味深いのだが、釈然としないところも多々あり。多重人格ネタとは関係ないが、ジェニーとジャックの関係もなんだか全然分からない。恋に落ちるのは勝手だが、この二人、女医とその患者の夫という関係で、死にかけの妻の横でキスしたりしている。カーターというサイコ野郎の顛末に巻き込まれたのは気の毒だけど、何かしら罰が当たるのもしょうがないんじゃないかと思えたり…。全体的にいろいろびっくりはするんだけど、あんまり楽しい話ではないな。


カーターを演じるジョン・リスゴーの役者魂とウォルドハイム博士(フランセス・スターンヘイゲン)の長台詞長回しが印象的。あと、あっさり殺されちゃったけど「ビバヒル」のアンドレア(ガブリエル・カーテリス)が出てた。


しかし、多重人格者として描かれる人格って大人だったり子供だったり怒りっぽかったりおどおどしてたり、どうしてこんなにバリエーション豊富なんだろうか。物静かーな人格ばっかり取りそろえた多重人格者とかいないのだろうか。


タイトルはポーリン・ケイルの本と何か関係あるのかな。


   カーターの父親の共同研究者であったウォルドハイム博士、

   刑事たちと歩きながら。

ウォルドハイム「多重人格者には、すべてに共通した要因が見られるの。幼児期に精神に深い傷を負って、それで別の人格に逃げ込むの。母親に虐待されたとか、父親が暴力をふるったりすると…」

   別の方向へ行きかけるウォルドハイムの袖を刑事たちが引っ張る。

ウォルドハイム「子供は愛する親がそんな仕打ちをしたことを忘れたいと思って、別の人格の中に逃げ込む。そして何か嫌なことは、すべてその人格に押し付けてしまうの」

刑事1「ふーん。悪いことはすべてそいつのせいか。便利だな」

ウォルドハイム「うらやましがることではないのよ。傷を負うたびに人格が増えて…」

   本気にしていないように顔を見合わせる刑事たち。

   気付かず続けるウォルドハイム。

ウォルドハイム「頭の中に何人もが住み着くことも…。しかもお互いが勢力争いを始めるの」

   先を行きすぎるウォルドハイムを止める刑事たち。

ウォルドハイム「表面に出てくるのはそのうち誰か一人」

刑事2「そいつらが入れ替わる、と…」

刑事1「気の毒に。ひどい話だ」


★★★★☆☆☆☆☆☆