『わが町』
1956年日本映画 98分
監督:川島雄三
脚本:八住利雄
出演:辰巳柳太郎 南田洋子 他
これはいい映画だ。これまでも川島雄三作品を見るたび、何かいいな、何かいいなと思っていたのだが、ここに断言。
私は川島雄三が好きだ!リスペクト!
からっとしてて、客観的。ポンポンと恐ろしく速いテンポで進んでいく順列のシーン運びは時に残酷で、見る者を突き放しているかのよう。凄いこともどうでもいいことも、全て限られた時間の中を均等に流れていく。引きずらないし、終わる時は終わる。当たり前っちゃ当たり前かもしれないけど、それが骨身に沁みている。
「だってそういうもんですもん」と、若くして死んだ川島雄三は真顔で言うんだろうな。くそ、カッコよすぎる。見た目とか着てる服とかもいちいちカッコいいしな、この人。
で、この映画。主人公のたあやん(辰巳柳太郎)は、そんな川島雄三とはある意味正反対のキャラ。土着的で感情的。洗練からはほど遠く、そして死なない。単身素手で時の流れに抗ってる感じ。だから一言で言うと「川島雄三VSたあやん」の話だな、これ。たあやんは滑稽で無残で、結局勝てるわけもなく潰えていくんだけど、決して負けはしない。そういう話。
フィリピンのベンゲット島で道路建設の仕事に携わったことが自慢のたあやんなのに、肝心のベンゲット話はアバンの紙芝居みたいな説明でしか触れられてないところがとてもいい。故郷での寄る辺なさが出てる。それから、マラソン大会の写真のシーンや、銭湯で近所の男の子とどっちが長く潜れるかを競うシーン、それにプラネタリウムのくだり。伏線はきちんきちんと後で回収されて、すごくきれい。正攻法。あと、フィリピンのことをヒリッピンと発音したり、ひ孫の名前は男ならベン吉、女ならベン子にしてくれというセンスもたまらんです。
意地が悪くて偏屈で可愛げのかけらもなく、体だけ異様に丈夫で未だに山奥の家に一人暮らしながら米を作っているうちのじいさんのことを思い出した。
猛烈な勧めで娘婿の新太郎(大坂志郎)をフィリピンへ行かせた他吉。
床屋へフィリピンからの手紙が来る。
字の読めない他吉、その文面を眺めながら、
他吉「はーん、書いてあるなぁ…」
床屋の女「そりゃ、なんぞ書いてあるに決まってるがな」
他吉「(隣の客に)先生。ひとつ、お頼申しますわ」
笑顔で受け取る隣の客。
他吉「マニラは、暑うてたまらん言うとりまっか」
隣の客、文面を見て気まずそうに、
隣の客「う…ん、どうも、眼鏡がないと、字ぃが細かいさかい…恵吉さん。お前、読んだり」
と、隣の客、床屋の恵吉に文面を見せる。
恵吉「ほんなら…(受け取り)『この度、新太郎殿』…」
と、恵吉も顔色が変り、
恵吉「こりゃどうも、わいにも、読めまへんわ…」
手紙を受け取る床屋の坊主。
恵吉「えらい、鈍なこって…」
坊主「(文面見て)何や。ちょっとも難しいことおまへんがな、こんな字」
隣の客「ほなら、読んでくれ」
坊主、姿勢よく、
坊主「『この度、新太郎殿、当地、風土病の赤痢にかかり』…」
他吉「……」
坊主「『一昨日、午前二時、逝去され候』…」
他吉、坊主を止め、
他吉「せせ、逝去って何や」
坊主「死ぬことでんがな!」
他吉「!…」
立ち上がり、駆け出す他吉。
★★★★★★★★★☆