『ブレードランナー』

1982年アメリカ映画 117分

監督:リドリー・スコット

脚本:ハンプトン・フィンチャー デイヴィッド・ピープルズ

出演:ハリソン・フォード ルトガー・ハウアー 他


「お前がこの映画を見ているところを見た」と言われても、当の私にその記憶が残ってないんだからしょうがない。そういうのが結構あって困る。この映画も、そんな私の「見たけど覚えてない映画界」に燦然と煌めく巨星。


基本的なストーリーラインは主人公・デッカード(ハリソン・フォード)の一人称で語られる。「ベルリン・天使の詩」を見た時も思ったけど、こういう形式は意外と見てる側に入ってこない。まんま説明してるわけだから、世界観は否応なしに伝わってくるし、そういう手を取らないと脚本的に成立しないってのも分かるんだけど。そして、あの有名なビジュアル・イメージもカッコいいなとはそりゃ思うんだけど。


結局、好みの問題なのかもしれない。そういう風にしか説明しえない世界を描くことに、そもそも私自身の興味がないのかも。そして、その手の作品が「見たけど覚えてない映画界」に続々ラインナップされてってるのかもしれません、いかんせん覚えてないのではっきりとしたことは分かりませんが。


そう考えると、人間の興味の幅というのは恐ろしく狭いものだな、と思う。大体私、子供の頃から「りぼん」買っても「ちびまる子ちゃん」と「こいつら100%伝説」しか読んでなかったもんな…。


最近仕事で、ちょいちょい「面白いと思って書いてる?」と聞かれることがあるのだが、その質問自体が間違ってるといつも思う。「面白いもの」なんて滅多にない。私は「そうでもないもの」を「そこそこ面白いもの」にしようとしてるだけ。その基準を緩く持ってちゃ本当に面白いものが何なのかは分からなくなってしまうし、そのためにも私は自分が何が好きで、どんなものが苦手かってことくらいはしっかり自覚しておきたい。


一番印象に残ったシーンは以下。後で調べると、ここはルトガー・ハウアーのアドリブだったらしい。だからここだけ引っかかったのか、と妙に納得。


   ビルから落ちそうになり、必死でしがみついているデッカードを、

   レプリカントのバッティ(ルトガー・ハウアー)、見下ろしながら、
バッティ「恐怖の連続だろう。それが奴隷の一生だ」

   デッカード、苦しみの末片手が離れる!

バッティ「(にやりと笑い)…」

   デッカードを引き上げるバッティ。

   恐怖して後ずさるデッカードを追い詰め、

   不敵な笑みを浮かべながら、

バッティ「俺は、お前ら人間には信じられぬものを見てきた。オリオン座の近くで燃えた宇宙船や、タンホイザー・ゲートのオーロラ…」

   バッティ、寂しそうな目になり、

バッティ「そういう思い出も、やがて消える。時が来れば…涙のように。雨のように…」

   微笑みを浮かべ、デッカードを見るバッティ。

デッカード「……」

バッティ「その時が来た」

   俯いたまま、動かなくなるバッティ。


★★★★★★★☆☆☆