『アマデウス』
1984年アメリカ映画 160分
監督:ミロシュ・フォアマン
脚本:ピーター・シェーファー
出演:F・マーリー・エイブラハム トム・ハルス 他
見ながらずっと、モーツァルトとサリエリ、どっちのほうが自分に近いだろう、と考えていた。たぶんそう思わせることが狙いの映画。主役にも関わらず、見る者の安易な共感を撥ねつけるサリエリの造形に感嘆する。そして、非常に分かりやすい回想型の構成も参考になる。
で、結論としてはモーツァルトだな。天才的な閃きとか子供じみた言動っていうのは確かに鼻につくけど、この人結局ちゃんと勉強してるから。好き勝手やっててこうなったわけじゃなくて、努力も苦労もしてきてる人。だからこそ、「子供のころから恵まれた環境で音楽やってきやがって」というサリエリの妬みは、まんま妬みでしかないと思うんだけどね、個人的には。
最後のほうのモーツァルトの姿には、数か月前、渋谷の文具店で遭遇した出来事を思い出した。
渋谷の文具店での出来事…。
ぼんやりボールペンの棚を眺めていた私の視界に映り込んできた中年男性の後頭部。私は背が高いから、普通の人の頭の高さがちょうど視線の高さになり、見るともなしに見ていることがある。いつもなら何気なく見過ごすところだが、その時はふと、えもいわれぬ物哀しさを覚えたのです。
いい年して、髪、こんな茶色に染めなくても…。
傷んで、すかすかにやせてるのに、わざわざ伸ばさなくても…。
それより何より、昼間からボールペンをまじまじと眺めなくても(私もだが)…。
その哀れな男性の顔が気になってふっと覗き込んだ私はのけぞった。
TKだった。
ぽつねんとボールペン棚の前、TKと私。
ふーー。
しばらくして奥さん別のところから登場。そこで初めて周りの客もざわつき始めたが、あの哀切極まりない数十秒間は深く私の心に刻まれた。なので逮捕の報を聞いても、なんだかあまり驚かなかったのだった。
修道士に一晩かけて全てを語ったサリエリ(F・マーリー・エイブラハム)、
笑いながら、
サリエリ「あんたの慈悲深き神は、愛する者の命を奪い、凡庸な人間にはわずかな栄光も与えはしなかった…」
修道士「……」
サリエリ「神はモーツァルトを殺し、私に責め苦を与えた…32年間も、私は苦しみ抜いてきた。でも、自分の存在は薄れていき、私の音楽も忘れられていく。今ではもう、演奏もされない。(遠くを見て)だが彼は…」
と、そこへ介護士が現れる。
介護士「おはよう。トイレに行きましょうね」
サリエリに近づき、子供に話しかけるように、
介護士「朝食は、あなたの好きな甘いパンですよ。とても美味しいですよ」
修道士「……」
車イスで運ばれていくサリエリ、呆然としている修道士に、
サリエリ「あんたも同じだよ。この世の凡庸なる者の一人…私はその頂上に立つ、凡庸なる者の守り神だ(笑う)」
修道士「……」
運ばれていくサリエリ。
× × ×
サリエリ、精神に異常をきたした人々の間を
車イスで運ばれながら、
サリエリ「凡庸なる人々よ、罪を赦そう。罪を赦そう、汝らの罪を赦そう…」
最後に。
皇帝と雇われ音楽家の関係はプロデューサーと作家の関係に似ている。
★★★★★★★★☆☆