[書籍紹介]



村上春樹3年ぶりの新作長編。
ただし、書き下ろしではなく、
雑誌「新潮」に2024年から2026年にかけて
不定期に連載された4篇を一つにまとめたもの。
村上作品の中でも
「女性を主人公にした初の長編小説」ということらしい。
村上春樹の小説の16番目。
意外と少ない。
349ページだが、
同程度の分量の本に比べて、2600円と、高い。

駆け出しの絵本作家で
イラストも描いて生計を立てている
26歳の夏帆(かほ)は、
編集者の紹介でブラインドデートした初対面の相手から
「これまでいろいろな女性とデートのようなことをしてきたが、
 君みたいな醜い相手は初めてだよ」

と言われる。
相手は佐原という、“モーターサイクルの男”。
BMWの1800ccに乗っており、
バイクとかオートバイというより、
モーターサイクルという呼び名が好きだという。
沢山のデートの最後に「醜い相手」発言をして
相手の反応を楽しむ、“病んだひと”らしい。

それ以来、夏帆の周囲で不思議なことが起き始める。
突然ありくいが、夢のように現れ、
「あなたは武蔵境に越さなければなりません。それも今すぐ」
と言う。
夏帆は、その助言に従い、
それまで住んでいた足立区から武蔵境の一軒家に移住する。
すると、またありくいが現れ、
ブラジルのジャングルから夫婦で引っ越して、
夏帆の家の床下に住まわせていただいている、というのだ。
現れたのは奥さんの方で、
夏帆に移住を勧めたのは、
前の家の周辺で、はモーターサイクルのエンジン音を
夫が聞いたからだという。

しばらくして再び現れたありくいの奥さんは、
夏帆に頼みごとをする。
武蔵境の商店街の刃物の研屋に行って、
シロアリのオイル漬けを受け取ってほしいというのだ。
夫が食べたがっているという。
夏帆は商店街にある「とぎや」という店に行って、
その密輸商品を受け取る。
「とぎや」の主人は、不気味な風体の男だった。

二度目に「とぎや」を訪れた時、
突然現れたありくいの夫から、
持参した包丁でとぎやの主人を刺すことを指示される。
というのは、とぎやの主人は、
ブラジルのジャングルで、
ありくい夫婦の子供を食べたジャガーに取りつかれているというのだ。
ためらう夏帆はありくいの夫に背中を押されて、
とぎやの主人の心臓を刺すが、
夏帆が気付いた時、自宅で朝を迎えていた。

しばらく時がたつと、
夏帆は浦和に住む自分の母親が何者かに乗っ取られていると感ずる。
父の開業している小児科医の実家を訪れた夏帆は、
母親の態度に違和感を感じ、
その思いを強くすると、
ありくいの奥さんが現れ、
母親はシロアリの女王に憑依されているのだという。
ブラジルと武蔵境の間に特別な通路があり、
そこを巣から追放されたシロアリの女王とジャガーが
やって来た。
母親とシロアリの女王が融合するより前に
二人をを切り離すために、
ジャガーの憑依が解かれた「とぎや」の主人に新たに作ってもらった
特別な刃物で心臓を刺さなければならないというのだが・・・

という「母殺し」の話になる。
“娘と母の物語”だと。
さて、その結末は、読んでのお楽しみ。

登場人物が極めて少ない
夏帆と両親、それと能天気な叔父(父の弟)。
編集者の町田さん、モーターサイクルの男。
「とぎや」の主人。
以上が人間で、ありくいの夫婦とシロアリの女王とジャガー。
それに、夏帆が創作する絵本の中の
女の子のミソラと森の家の老人と、猫のスカーレット・ヨハンソン。
ごく少ない登場人物でこの物語が展開する。

村上春樹独特の世界観とメタファー(暗喩または隠喩)にあふれており、
それを探すのが読んでの楽しみらしいが、
私には見つからなかった。
ただ、ものすごく読みやすい。
複雑な言辞や気取った言い回しがないので、
純粋にエンターテインメントとして楽しめた。

本の中に出て来る動物たちをイメージするために、
その写真を掲載する。

ありくいは、↓のような格好をしており、

長い舌をシロアリの巣に挿入し、食べる。

シロアリ以外にペースト状のものも食べるらしい。
が、ありくいの夫は、やはりシロアリを食べたくて、
密輸したシロアリのオイル漬けの受け取りを夏帆に依頼する。

ジャガーは↓のように凶暴な容貌。

シロアリは下のような姿で木材に巣を作り、家屋を崩壊させる。

アリという名前がついているが、
アリの仲間ではなく、
ゴキブリの仲間が社会化したものだという。

シロアリの女王は↓のような不気味な姿。

アリの女王と同様、ひたすらシロアリを生む。

父の小児科医院の待合室の壁にかかった陰鬱な絵、
ドラクロワの「ダンテの小舟」は↓。

ジャック・ケルアック↓は1950年代のアメリカの作家。

アメリカ放浪と遍歴の生活を書く。

題名の「夏帆」は、なぜ名の有る女優↓と同じ名を付けたかは不明。

ただ、夏帆さんは、この本を喜んでいるだろう。

スカーレット・ヨハンソン↓の名前をなぜ使ったのかも不明。

東洋の国で自分の名前が使われたことを噂に聞き、
それが絵本の中の猫の名前だと知ったら、
スカーレット・ヨハンソンは「あはは」と笑うだろう。(多分)

この本が外国で翻訳された時、
スカーレット・ヨハンソンの名前がそのまま使われるのか
心配している人がいた。