[書籍紹介]

天羽(あもう)カインは売れっ子作家で、
本を出せば必ずベストセラー、
映像化作品多数、
本屋大賞にも輝いた。
それなのに、一つだけ取れない賞がある。
直木賞。
芥川賞と並び、
特別な文学賞。
亡くなれば、訃報に「直木賞作家」という冠が付く、
別物の勲章だ。
今まで2度候補に上がっているが、
2度とも落選した。
3度目の今回も、
いろいろ下工作はしたが、
選ばれなかった。
情実など通じないのが直木賞なのだ。
しかし、納得できない。
あるときは「人間が書けていない」と言われ、
別の作品では「人間にはもう少しわからなさが欲しい」と否定される。
選考委員に恨みか生じ、
たまたまホテルで居合わせた選考委員に詰問したりする。
そこですさまじい批判を浴び、落ち込む。
「辛くて悲しい話を書くのに、
作者が先に泣き出してどうするの」
「反論があるなら、作品で示してちょうだい」
私の、何が駄目なの?
と懊悩し、
「どうしても、直木賞が欲しい」
と思いは募る。
それは作家としての存在を懸けた望みだった。
その天羽カインについたのが、
「南十字書房」の編集者緒沢千紘。
天羽が他の雑誌に連載した「テセウスは歌う」を、
編集者と校閲者の無礼にたまらず、
原稿を引き上げ、
「南十字書房」で発刊することにし、
編集者に緒沢千紘を指名したのだ。
緒沢千紘は元々天羽カインの大ファンで、
欣喜雀躍して、編集作業にいそしむ。
こうして、
作家と編集者の関係が描かれる。
小説として、驚くような事態が起こる。
まず、実在の「直木賞」とし、
架空の似通って名称に逃げない。
それどころか、「文芸春秋」も「オール讀物」も実名のまま。
(本書の発行元は文藝春秋社。
なにしろ、本作は「オール讀物」に連載された作品だ。)
さすがに個人名はそのまま出せず、
選考委員は「南方権三」とか「宮野ゆきみ」と架空の名前。
それぞれ北方謙三と宮部みゆきを連想させる。
南方権三など、直木賞受賞者でないのに
直木賞の選考委員というのだから、
間違えようがない。
選考委員を引き受けた理由について、
南方は、こう言う。
「<第二の南方権三を出さないようにする>という使命があると思ったから」。
なるほど、と腑に落ちた。
直木賞の候補作選考の仕組みも初めて知った。
てっきり「下読み屋」がいて、
そこから上がってくるのだと思っていたら、
文藝春秋の編集部の方たちが候補作を選ぶ。
たとえば、「オール讀物」から5名、
出版部から10名、文庫部から6名、
それに賞を管理する「日本文学振興会」から2名が加わった
合計23名で
何冊もの新作作を読み、合議する。
そうすると、文芸春秋刊行の作品が有利なようだが、
文芸春秋刊行作は2作まで、と自主規制をしているのだという。
それより注目するのは、
作家と編集者の関係。
どうやって作品をブラッシュアップするのか、
その経過が描かれて興味深い。
「テセウスは歌う」は、
文芸誌に連載した作品。
単行本にする際に、
細部に手を入れる。
よく本の最後に
「本作は、『○○○○』に○年○月から○年○月まで連載したものに
加筆訂正したものです」
とあるやつだ。
その過程での天羽カインと緒沢千紘の格闘がすさまじい。
結局は作家と編集者の信頼関係がものを言う。
二人は、この作品で直木賞を取るという共通の目標で励む。
本書のテーマは、小説という魔物に魅せられた作家と編集者だとも言える。
副筋として、
生意気な新人作家と編集者の関係、
直木賞選考会の司会をする「オール讀物」の編集長の視点からも描く。
文学賞の裏面に詳しい大学教授も軽井沢での講演者として登場する。
サイン会の裏側も描かれる。
直木賞候補作家が結果を待つ「待ち会」の描写も生々しい。
カインの軽井沢での生活が麗しい。
(カインは夫と別居中の一人住まい)
「テセウスは歌う」で、
4度目のノミネートを果たした天羽カインは
直木賞を受賞できるのか、
それともまた落選するのか。
物語は意外な結末を迎える。
これは予想できなかった。
そして、更なる展開。
ああ、それで、あの人物を配置しておいたのか、
と小説家の構成力のすごさを再認識した次第。
なお、作者の村山由佳自身は2003年「星々の舟」で直木賞を受賞済み。
天羽カインというペンネームは、
天使の羽根のはかなく白いイメージに、
旧約聖書に登場する
弟ばかりが神に愛されることに嫉妬して弟を殺した兄、
人類初の殺人者・カインからつけたという。
選考会の司会者を呼びつけて、経過を語らせ、
怒鳴りつけたりして、
好きにはなれなかったが、
興味深い題材なので、
一気に読了した。