[映画紹介]

元半グレ(暴力団に所属せずに犯罪を行う集団)で
刑務所にも入った過去を持つ西健吾は、
全寮制更生施設「みらいの里」を運営し、
非行少年や引きこもり、
家庭に問題を抱える子供たちと向き合っている。
自身の体験を糧に、
道を踏み外しかけた子どもたちに
体当たりで向き合う西だったが、
体罰も辞さない更生方針は
教育関係者から批判されていた。

中学校教師の草野冬子は、荒れた教室に、
「対話ではどうにもならいない子供とどう向き合えばいいのか」
と苦悩していた。
中でも、学級崩壊の元凶で、
暴力や犯罪を繰り返す生徒・澤海斗に頭を抱えていた。
冬子は「みらいの里」の存在を知り、
両親に伝えて、海斗を施設へ預ける決断をする。
海斗の養育に疲れ果てた母親も、
息子を「みらいの里」に託すことを決める。
しかし海斗は施設でも寮生とトラブルを起こして脱走し、
更に傷害事件で逮捕されてしまう。

海斗は冬子から「自分がいやがることを人にしては駄目でしょう」
と言われても、
「意味わかんねえ」と返す、
他者の痛みを理解できない、
未熟で生意気な、わがままな少年。
その海斗を預かって、
真心から対する西は、
二人で作った鳥小屋を海斗自身の手によって焼かれても
じっと耐えていた。
見捨てない、というのが西の方針なのだ。
実は海斗の父親は、
若い頃の西に暴力をふるわれ、
一生涯残る傷を負わされていたことが
ある時点で判明する。
西は土下座して謝るが、
父親の足が元に戻るわけでもない。
息子の海斗も仲間を傷つけ、
その少年は足を引きずっている。
海斗の父親と同じように。

教師の限界に悩む冬子や
手に負えない子どもに育児放棄する親や
授業のさまたげをされても、
叱責できない教師や生徒たち。
それでも、西の施設で更生して旅立つ少年少女もいる。
型破りの西の教育方針はマスコミに取り上げられるが、
逆に女性記者の手によって
西の経験談に出て来る、
妊娠して事故で死んだ恋人の話が
嘘だと記事にされる。
マスコミの追及を受け、
みらいの里は解散に追い込まれる。
後で記者の指摘が間違っており、
西の過去話が事実だったことが分かるのだが、
おそらく、女性記者は訂正も謝罪もしないだろう。
映画は一貫して、
「人は更生できるのか」
「過去の過ちを挽回できるのか」
その問いが観客の胸を鷲掴みにする。
これこそ、本当の人間ドラマ。
全く眠気が襲われなかった。

昔、「やくざ先生」(1960)という映画があった。
非行少年ばかりを集めた更生施設だが、
石原裕次郎演ずる職員は
元不良の、施設の出身で、
少年たちに真心を尽くし、
最後は受け入れられる。
66年も前の作品だから、
ちゃんとした落としどころに落とすのだが、
この「四月の余白」では、模範回答は示さない。
大団円とは対極の終わり方をする。
監督は吉田恵輔(脚本も)。
「ヒメアノ~ル」(2016)、「愛しのアイリーン」(2018)、
「BLUE/ ブルー」(2019)、「空白」(2021)、
「ミッシング」(2024)と
過去のクセ球同様、
本作でも予定調和などくそくらえの展開。
共通するのは「人間を描いていること」。
だから、観客は画面に釘付けになる。
これほど登場人物の立場が胸に迫る映画はない。
答えのない問いを問いかけられるのだ。
本作は、監督自身が多感な時期に出会った
非行少年やそのコミュニティをもとに、
他人の痛みも常識も理解できない少年たちに、
本気でぶつかりながらも寄り添う、
大人の生々しいもがきを描く。
Netflix のドラマ「サンクチュアリ 聖域」で
注目された一ノ瀬ワタルが西役で主演を務める。

はまり役。
この人は根底にユーモラスなところがあり、
それが話の深刻さを救う。
海斗役には新星・上坂隼人が抜てきされ、
中学校教師・冬子役を夏帆が演ずる。

海斗の両親役で篠原篤と占部房子など、
渾身の演技で、胸に迫る。
「人は変われるのか」
「人を変えることはできるのか」
その問いは、
「自分は変われるのか」という問いとなって迫って来る。
5段階評価の「4.5」。
新宿ピカデリー他で上映中。
さて、私自身が西の立場だったら、どうするか。
多分、見放すだろう。
忍耐には限度がある。
人一人の人生に完全に寄り添うことは出来ない。
本人には「時間」が報復する。
少年時代には許されていたことが、
成年になって許されるとは限らない。
学校では放置されたことも、
世間では放置しない。
就職や進路で思い知る。
それも自分のしたことの結果だ。
やり直せない過去との落とし前は、
自分で回収してもらうしかない。
と、冷たく突き放すだろう。
自分の無力を嘆きながら。
しかし、西は見捨てない。
そんな生き方もあるんだな。