[書籍紹介]

江戸時代、さまざまな身の上を生きる武家の女性たちを、
山本周五郎賞作家・砂原浩太朗が描く。
2023年から2025年にかけて
雑誌『小説すばる』に掲載された7篇を収録。
「ぬばたま」
馬廻りを務める高梨家の娘・織江は、
城下のはずれで行われる荒神さまの祭礼に出かけた時、
若侍たちと思わぬ事態になり、
その後悪い噂が藩内に広がって、
縁談も断られる。
家を出された織江は農村に暮らしているが、
昔、高梨家の若党だった新蔵が訪ねて来る。
荒神さまの祭礼にお供した人物で、
噂が事実無根であることを知っている。
最近、荒神さまの祭礼で諍いが生じ、
若侍たちが成敗された噂は、もしかして・・・
「背中合わせ」
茅乃の夫・保科定八は勘定方の下役頭を務めているが、
このところ顔色が冴えない。
どうやら、勘定方の中で不正が行われているようなのだ。
その証拠をつかんで、大目付宅に向かう夫の後を茅乃はつけるが、
現れたのは、茅乃の道場の先輩だった。
茅乃は夫と背中合わせになって、闘うことになるが・・・
「嵐」
中老を務める小野寺家に嫁いだ雪絵は、
兄から若い男を小者として抱えるよう頼まれる。
俊蔵という男に内心惹かれた雪江は、
母親が病気ということで、しばしば小銭を与える。
ある日、女中のなおと俊蔵が立ち話をしているところに出くわし、
自分が裏切られたことを知った雪絵は、
復讐を企てる。
「緑雲の陰」
外様大名・正治の正室である倫(みち)に、
養子の圭之介が亡くなったことを知らされる。
圭之介は正治の弟で、
倫に子がなかったため、
世継ぎとして養子に迎えたのだ。
圭之介の逝去に伴い、
跡取りとして、側室の子・満千代が指名されていた。
江戸屋敷に満千代を迎えた倫は、
複雑な心境ながら、満千代に尽くす。
やがて満千代の生母・お袖の一派が
国元で勢力を広げているという噂が伝わって来て・・・
「深雪花」(みゆきばな)
番頭・山岸家のひとり娘・穂波は、
雪の結晶図に魅了される。
幼なじみの酒巻小四郎から顕微鏡の話を聞き、見てみたいと思う。
藩校で小四郎から印刷の仕組みを教えてもらったりするうち、
小四郎が江戸に出て学問をきわめたいと聞くと共に、
遠回しに縁組の申し出を受ける。
「縄綯い」(なわない)
たえの嫁いだ沢井家は代々の足軽で、生活が苦しい。
夫の平蔵が堤の修繕の最中、鉄砲水を受けて亡くなると、
ますます厳しくなった。
跡継ぎの平吉はまだ4歳で務めに出られず、
四割がた禄を減らされたからだ。
内職として縄綯えの仕事をみつけるが、
慣れぬゆえ、いろいろいやな思いをする。
平吉の世話をしながらの内職はきつい。
冷たい姑によって、隣家の男に身体を売られそうになる。
思わず「ちくしょう」と武家らしからぬたえだったが・・・
「あねおとうと」
美佐は筆頭家老の神崎家に嫁いで30年以上になる。
息子の蔵之助は筆頭家老の職を引き継いだが、
次席家老の総右衛門にしばかしばやりこめられている。
美佐の実家は次席家老で、総右衛門は弟に当たる。
昔、父親に「私は筆頭になれぬのですか」と問うて、
厳しく叱責されたことがある。
藩内に蔵之助を追い落とす動きがあるという噂が伝わって来る。
やがて、上使によって、蔵之助は逼塞を命じられ、長期に及ぶ。
美佐は総右衛門を訪ねて、逼塞を解いてくれるよう、訪ねる。
いざとなったら総右衛門と刺し違える覚悟だった。
途中、侍たちに取り囲まれる。
それを救ったのは・・・
最後の総右衛門の台詞。
「されど、むかしもいまも、
われらはほさよふたりきりの姉弟。
それに変わりはございませぬ」
主人公がすべて武家の女性という作品集。
馬廻りの娘、勘定方下役頭の妻、
中老家の母、藩主の正室、
番頭のひとり娘、足軽の寡婦、
筆頭家老の母
という7人の立場がそれぞれ違い、
一つとして重なる話がない。
砂原浩太朗の頭の中に存在する
豊かな女たち。
武家に生まれ、武家に嫁いだ女性達の生き様。
武家とはいえ、その格は様々。
筆頭家老から足軽まで、収入も生活様式も家の縛りも違う。
共通するのは「家を守るために身を挺する」こと。
「高瀬庄左衛門御留書」を刊行して以来、
編集の方から女性を主人公にした作品を望む声を多くもらうようになり、
「小説すばる」で連載するに当たり、
いままで経験のない
「全編女性主人公の連作」
という形式をやってみようと決意したという。
武家の女性は生きていく上で
多くの制約を課せられています。
しかし、それを逆手に取ることで、
制約にあらがったり、
乗り越えようとしたりするドラマが生まれるのではないかと思った。
戦国時代を含めることも考えました。
ただ、「全編通して江戸時代」という設定を貫いたほうが、
主人公となる女性それぞれの個性を、
より際立たせられるのではないかと。
ですので、身分や年齢に幅を持たせ、
さまざまな境遇の女性を主人公に据えています。