築地市場の場外売場の奥に、
神社があります。

波除(なみよけ)神社。

今から370年程前、この築地一帯は一面の海でした。
江戸城西丸の増築に掘られた、
揚げ土をもって
日比谷入江から埋め始められました。
そして70年の後、
明暦の大火の後に4代将軍家綱公が手がけた
最後の埋立の工事困難を極めたのが、
この築地海面でした。
堤防を築いても築いても激波にさらわれてしまうのです。
或夜の事、海面を光りを放って漂うものがあり、
人々は不思議に思って船を出してみると、
それは立派な稲荷大神の御神体でした。
早速現在の地に社殿を作りお祀りして、
皆で盛大なお祭をしました。
ところがそれからというものは、
波風がピタリとおさまり、
工事はやすやすと進み埋立も終了致しました。
萬治2年(1659)の事です。
人々は、その御神徳のあらたかさに驚き、
稲荷大神に『波除』の尊称を奉り、
雲を従える<龍>、風を従える<虎>、
一声で万物を威伏させる<獅子>の巨大な頭が数体奉納され、
これを担いで回ったのが祭礼『つきじ獅子祭』の始まりです。
それ以来今に至るまで、
「災難を除き、波を乗り切る」
波除稲荷様として、
災難除・厄除・商売繁盛・工事安全等の
御神徳はその後も益々大きく、
当時辺境の地であった築地も次第々々に開け、
現在の如く繁華街となったのです。
御本殿


手水鉢
獅子頭一対(中央区文化財)

境内には、さまざまな塚があります。
活魚塚
鮟鱇(あんこう)塚
玉子塚
昆布塚

奉納吉野家碑

吉野家は日本橋にあった魚河岸で開業し、
関東大震災の影響で魚河岸が築地に移転したため、
同時に築地に移転、
東京大空襲で店舗が焼失したものの
戦後屋台で営業を再開、
昭和34年に「築地一号店」を開業しました。
創業店が築地市場にあったという
感謝の思いを後世にこのすため、
記念の石碑として建立されました。
七福殿

毎月七日の七福神参りの際に御神像を安置する社殿です。

御神木・枝垂れ銀杏

境内に2本ある御神木の枝垂れ銀杏。
11下旬から12月上旬にかけ見事に色づきます。






