[書籍紹介]
日中友好50年を機に、
門田隆将が著した、日本と中国の交わりの歴史。
令和4年の刊。
この時、日本は岸田内閣、
アメリカはバイデン大統領、
そして、中国は習近平が2期までという規定を破って、
3期目の国家主席に就任する直前。
目次は、次のとおり。
始まった「対日工作」
自民党工作のスタート
公明・創価学会への中国工作
権力抗争はこうして始まった
世界の流れが変わった
もう一人のキーマン
「中国」巡って政界大動乱
日華断交は可能なのか
「椎名特使」をめぐる攻防
台北の怒りと混乱
丸裸だった日本
始まった「日中友好絶対主義」
世界を驚愕させた人権弾圧
変貌する中国
ハニートラップの凄まじさ
「破壊者」登場の悲劇
不可避だった 米中激突
友好五十年は偽りだったのか
本書は、中国共産党が
蒋介石の国民党を台湾に追い出し、
「中華人民共和国」を1949年に建国して以来の
日本に対する工作の歴史を明らかにする。
1971年、国連で
台湾の中華民国になりかわって、
中国を代表する政権が中華人民共和国であることとなる。
日本に対する工作はそれ以前から開始され、
日中友好の機運の造成に創価学会が果たした役割を明確にする。
中国はその後、池田(大作)に120以上の名誉教授などを贈りつづけ、
今も創価学会・公明党を「思うがままに動かすことに成功している」とされる。
現在、公明党が「中国の代弁者」であるのは、
はるか半世紀以上前から始まった
中国共産党の「対日工作」によるものであることを
日本人は自覚すべきだろう。
そして、1972年、田中角栄の時の日中国交正常化。
それに連動しての中華民国(台湾)との国交断絶。
パンダの送り込みなど、
日本中に日中友好の嵐が吹き荒れる中、
次第に中国が経済的力をつけ、
大国になってくるにつれ、
覇権国家として、その本質を鮮明にして来る。
今は国会議員、大学、企業に深く浸透し、
日本の技術を盗んでいる様も明らかにする。

白眉は、日中国交正常化の時の交渉で、
田中角栄と大平正芳が北京におもむき、
周恩来と交渉して、
「日中共同声明」を出すまでの
事情を克明に描く。

周恩来に手玉を取られた田中角栄の姿。
実は日中国交正常化を強く望んでいたのは
紅衛兵で国土を疲弊させた中国側だったのだが、
そのあたりの調査不足で、
訪中前に「先に国交正常化ありき」の前のめりの姿勢では
付け入られても仕方ないものだった。
なんとか国交正常化を成し遂げたい日本。
国交正常化で利益を得たい中国。
恩を着せる形でた交渉を進める中国側の基本形は、
最初の会議から明らかだった。
周恩来は、自国の疲弊がばれないように
内心は汲々としていたに違いない。
しかし、そんなことに気づく訪中団の人間は
一人もいなかった。

この時の田中の「手柄」に目がくらんだ「功名心」と
大平の「贖罪意識」が
中国有利な形での決着となった。
贖罪意識が政治的に利用できることに気づいた中国は
その後も何度も歴史問題を持ち出して
80年以上前のことを責め続けている。
賠償は求めないと言いながら、
実はその後のODA(政府開発援助)などで、
無制限に金を引き出した。
(約40年にわたり、
3兆6千億円もの援助を重ねたが、
その事実は、中国国民に知らされることはなかった。)
北京での夕食会の時、
田中の発言を巡って、
一悶着ある場面など、
本書で初めて知った。
日中友好の際、中華民国(台湾)との関係をどうするかが
重要だった。
実は日本は蒋介石に恩がある。
敗戦が決まった時、
中国内部に留まっている日本人に対して報復は行われなかった。
それは蒋介石が「恨みに報ゆるに徳を以てす」という
老子の言葉を使って公布したためだ。
だから、中国と国交を回復しても、
台湾と断交することは
日本人の感情として許せるものではなかったのだ。
この時、椎名特使受け入れをめぐって
かげで働いた自民党青年局の
松本或彦という青年の働きも初めて知った。
こういう人物の描写は門田氏は実にうまい。
日中国交正常化は時代の趨勢だったし、
そのための工作をするのも仕方ないだろう。
しかし、その後、中国が力をつけるに従って、
周辺諸国に対してなしたこと、
アジアやアフリカになしたことは、
非難されて当然だ。
1998年、訪日した江沢民は、
宮中晩餐会で歴史問題を持ち出すという非礼を働く。
それについて、こう書く。
あの荒野の中から、日本のカネ、技術、ノウハウによって、
着々と力を蓄えてきた中国。
もうこれまでのように
「日本の力は必要ない。
お前たちは俺の言うことを聞け」
──中国にかかわってきた日本人は、
江の言葉がこう聞こえた。
その後、中国は「愛国教育」という名の
反日教育にのめりこんでいく。
今も続いている
日中国交正常化に尽力した人物の息子は、こう言う。
今の中国を見たら残念な思いに駆られると思います。
そして、こう書く。
国交正常化に努力した人々は、
やがて中国が制御不能になり、
民主主義の巨大な敵となっていったことを、
今、どんな思いで見つめているのだろうか。
「日中友好絶対主義」は、
50年たった今も、
日本の政界に巣喰っている。
日中友好絶対主義は、
中国に対してモノを言ったり、
中国に不利益なことを言える空気を
日本社会から完全に奪い去っていた。
その端的な例がウイグル人弾圧に対する国会決議である。
事件を非難する決議は国会で可決寸前、
公明党によって骨抜きにされた。
対象となる「中国」という国名も削られ、
ジェノサイドという文言も消し、
何の決議か分からないシロモノとなった。
この一点をもってしても、
公明党が媚中勢力であることは明らかである。
天安門事件で中国が国際世論から孤立した時、
日本は天皇訪中を受け入れて、
世界の中国包囲網を切り裂いてしまった。
天皇の政治利用をしたのである。
中国はモンスターになった。
21世紀の諸問題は中国によって引き起こされる
と言っても過言ではない。
制御不能の覇権国家・中国。
自由と人権、民主主義をふみにじり、
力による現状変更を堂々と行使してくるモンスターと、
やがて国際社会すべてが
普遍的価値を守るために
対峙しなければならなくなるのである。
門田氏はアメリカの間違いを指摘する。
アメリカは、中国がいずれ
民主化されることに期待していたというのである。
しかし、それに反して、
中国は専制国家への道を突き進んだ。
それは、共産党という体質から見て、
当然の帰結である。
その誤りにアメリカが気づいた時には、もう遅かった。
佐藤慎一郎・元拓殖大学特任教授(中国論)の言葉を引く。
「日本人は中国人のことを知らなすぎる。
そしてもっと日本人が知らないのは、
私たちが思っている中国人と
中国共産党の人間がまるで違うことだ。
中国共産党が言っていることを
信じているレベルでは、
日本人は将来、
とてつもない不幸を背負うことになる」
著者は、中国共産党の対日工作の歴史と、
台湾との関係変化を解き明かす。
日本の政界、官界、財界、宗教界、文学界、学術界、マスコミ界まで
幅広く行われた工作の様子を当時の資料を丹念に読み込み、実名で再現。
この50年間は、日本が金と技術とノウハウを奪われ、
中国が国力を世界トップレベルに引き上げた期間。
中国共産党は国際秩序を無視した傍若無人な行動をとり、
覇権主義を鮮明に出し始めた。
この変化にいち早く気付き、戦ったのは
ドナルド・トランプと安倍晋三。
安倍晋三の死の真相は闇の中のまま。
日本人必読の書である。
門田氏は今度の衆議院議員選挙を
「媚中勢力 成敗選挙」と呼んでいる。
まさにその通りである。
