2025年7月22日 火曜日 快晴
剣道で辛い思いをした
中学生の日を思い出す。
故意に首の脇に竹刀が入るように思い切り突かれ、
アザができた。
突き倒され、動けなくなるまで起こされた。
ある人は窓に圧をきつけられガラスが割れ、
ケガの危険にさらされた。
そのような、拷問じみた行為に耐え抜いてこそ強くなるという教えだったのだろう。
私以外は皆耐えていた。脱落者は私だけだった。
しかしその時は私の中で限界だった。
他の人ができて自分ができないわけがない、
と当時はそれが人としての励ましが通例だったが、「歯を食いしばれなかったのは事実で、
人は人と考えた方がよい」と思うようになった。
自分の弱さも、他人の強さも受け入れることで
当時の[拷問剣道]のことは一種のエピソードとして受け入れよう。
当時の普通が必ずしも健全だとは言えない。
多くの脱落者は出なかったのかも知られないが
…肌感覚で、一般のレベルを超えていたと言える。
昨日は剣道試合の応援に、専修大学まで足を運んだ。
ほぼ終日、ろくに身動きが取れず、ひたすら試合観戦した。途中、帰ろうとも思ったが、最後迄残り、近所の方と一緒に帰るという、自分にしてはらしからぬ行為に出た。
しかし、何故か幸福感が伝わってきた。
小学生の子供を見守りながら、自らも剣道会を支える親の姿。
その時、私の中で 黒歴史が塗り替えられた。
自殺を図った1982年の出来事が、
それはそれで一つの苦悩ではあったが、
その原因から剣道が消えた。
むしろ剣道体験に支えられたからこそ、社会復帰できた。
剣の道は人生の土台を支えてきたと言える。
---
多少のことでは冷静さをある程度保てている精神力も、実はこの時に培われたのかも知れない。
剣道で挫折感を味わい、やめてしまったが、
それまで続けていた事には自信を持ってよい。
そこまで耐え抜いた自分は、強い精神力の持ち主なのだと。

