自殺を考えた1982年、その行動は思いだすとぞっとする。

しかしながら最近になって、当時の自分と向き合いたいと思うようになった。

 

奇異な行動を起こしたのは事実。

その目的が世の中から逃げたかったから。

それを否定するなかれ。

そこから目を背けるあかれ。

死なずに命が助かった時。

普通の生活に戻り、最初に見た青い空はこの世で一番美しかった。

 

When life is saved without dying.
Back to normal life, the first blue sky I saw was the most beautiful in the world.

 

自殺の精神的な後遺症は思ったより根が深いことが実感できた。

それは自分だけが知っているもう一つの自分の世界。

カウンセラーは自分自身である。

 

何度か書いたが、私は高校時代中森さんが全盛期のときは見向きもしなかった。

まるで眼中になかった。

が、毎日のように彼女の歌が流れていた、

自然に頭に残り、ほとんどのヒット曲はメロディラインをなぞれる。

しかも色あせない。

いま改めて聞くと、、すごすぎる。この声、

 なんという美声。

 微妙な周波数。

 懐に入り込むような強く、優しい低音のビブラート。

山口百恵さんも似ているようだが、残念ながら彼女の記憶は私が幼すぎてあまり残っていない。

明菜さんは年も近く、私が青春時代に売れまくっていた。

彼女の全盛期は私の青春真っただ中だった。

私自身が自殺を図った時も彼女の歌が流れていた(死ななくてよかった、、彼女も同じ思いであってほしい。。)

 

昨日、ふとこのひとのことを思いだして以来頭から離れない。

当時、明確なインパクトを受けたおぼえはない。

実はあまり好きではなかった。

しかしながらその歌の影響力は潜在意識に刷り込まれたようである。

彼女はデビューの1982年から1989年にわたって常にトップの座にいた気がする。

これだけトップの座を維持するのはすごいことだ。

例えば、

女性では天地真理、松田聖子、山口百恵、ピンクレディー

男性では沢田研二、西城秀樹、郷ひろみ、近藤真彦、チェッカーズ、田原俊彦

があげられるが、いずれも、彼女よりは全盛期が短いか、

あるいは波があると思われる(すみません、かなり主観)

そう考えると、最強である。

彼女のヒット曲で特にお気に入りを年別にセレクト

 1982年 セカンドラブ  彼女の魂がこもっているような、、、

 1982年 禁区 この斬新なサウンドは衝撃的

 1984年 十戒 パフォーマンスがすばらしい

 1985年 ミ・アモーレ これは少し異質。しかしうまく溶け合っている

 1986年 FIN 静かだけどじわじわと心にはいる

 1987年 難破船 何も言うことなし、これ、代表作でいいじゃんと思う

 1988年 TATOO アイドルとしてのプライドで世の中を元気にした曲(?)山田邦子のものなねが傑作だった

 1989年 LIAR 成熟した彼女、疲れていたとは知らず、うっとりして眺めていました

 

 しかし彼女のシングルはひとつも持っていない。

 当時は 南野陽子、早見優、松本伊代、富田靖子、浅香唯など「かわいらしい」に目が向いていたのでした。