こんなブログを書きたい…。
僕にも最初はあったんです、あるべきブログの姿が。
色んな事がきっかけで書くことを始めたブログ。
最近になって読み直したり、人の発言に耳を傾けてふと我に帰る。
このところのlukeブログ、本来の書きたいネタでも書きたい文体でもなんでもない。
実につまらん。
本当はもっと季節や自然に敏感かつ繊細なアンテナを張っていて、情緒的で文学チックな文体でつづりたい…が、ほど遠い。
やれ料理を作りました~、やれ飲みに行きました~、やれ野球を観ました~とね。
携帯で撮った写真を並べてマスターベーションの如くおめでたい記事のオンパレードです。
ブログのメインのコンセプトがはっきりされている方々はいいんですよ。
ランチ食べ歩きブログ、スワローズ応援ブログ、プロレス大好きブログ…。
逆に個人のブログだからこそできる情報としての機能を持っている。
そんな一貫していて書きたいことを書いておられるのに対し、僕のは「図らずも気づいたら」そうなっていて、レシピも店の名前も幾らかも書いていない。。。
大きな違い。
本を読むのが大好きで子供の頃から漫画は一切読まなくて、雑誌も生活や趣味に則した物しか読んでこなかった。
活字が好きなんです。
何を言いたいかというと、本、特に文学は活字を読んで人それぞれの頭の中に情景が広がるでしょ?
積み重ねてきた色んな経験や見てきたものを以てして情景が広がるんですが、漫画や雑誌は時として絵や写真が邪魔をする時があるんです。
例えば“ノルウェーの森”をまだ恋も女性も知らない頃に読んだところでちんぷんかんぷんで、なんだかやらしいだけ。
ところが恋をして女性を知り、一つになることの意味や満たされる心を知った上で読むと、なるほどちょっとわかる。
何回かの恋や失恋を重ねて読むと、なるほどもっとよくわかるし切なさも感じてくる。
一冊の本は経験や見地が広がると印象も面白さも変わっていくんです。
「あれは面白くなかった」と言い捨てるのは簡単ですが、20年かけて4回読むとその良さが解ったりするものなのかもしれません。
だから本との出会いはタイミングが大事なんだな~、と最近よく思うんです。
で、何をつらつらと書いているかというと、自分で“lukeのブログ”に飽々してる所に足元をすくわれるようなブログ、コメントを発見したんですよ。
まだ見ぬ初めての所に行った記事を書いておられるんですが、文章はお世辞にも素晴らしいとは言えないけど何かを伝えようという気持ちがとても伝わってくるんです。
しかも一切の写真なしで。
行ったことがないならば私の文章を読んで、その空気や情景はあなたが想像してみて下さい。
読み手にそれを委ねるブログです。
それを見て最近の“lukeのブログ”はなんと読者に媚びていて写真をたくさん並べて
『ほらね?上手に出来たでしょ?』
『どう?美味しそう?』
実におめでたい。
もう少し読み手が『ん?』と思いながら気づいたら頭の中で想像を掻き立てる様なブログにならんものかと思う訳なんです。
ところがせっかくほぼ毎日書いてるブログでそんなもんが毎日書けてたら今ごろ芥川賞取ってるわ(笑)
ってことで色々と考えるのをやめました。
ブログを休刊しようと思ったりもしたけど野球も始まるし、オリンピックもあるし…、辞めるのやめました。
てことで月に一度くらいは書きたいブログが書けたらいいな~、と。
そんな感じでゆるく、結局今まで通りでやります。