和敬清寂*閑かなひと時



和敬清寂は茶道や禅が大切にしている心



茶道の心得はありませんが


以前、曹洞宗のお寺で座禅の会に一年ほど


通ったことがありました



心、閑かにそのまま



饅頭のような座布団に座して


畳、半畳先をぼんやり見るような感じで


およそ一時間ほど・・・




雑念は泉のようにとめどなく湧いてきます




けれども


放っておく



止めようとせずに、そのまま


どこかに辿り着くという目的をもたず




ただ目を瞑り閑かに座る



のみ、、、



和尚さんにその様に教わりました







太極が両儀(陰陽)を生み出す以前


先天五太の始め、太易




太易は無 (无)、氣も形も質もない




禅、瞑想はこの状態を体感するものだと


思っています



日常生活の喧騒の中に、このひと時をもつことは


言葉の無い閑かな祈りでもあるように


思います




自分の心を清める


鎮める



意識の深化


宇宙、森羅万象の意図とのズレを整え



本来の姿に戻る流れ







いつもと同じ事を



閑かに淡々と・・




その流れ、そのものが禅でもあり瞑想


という事も教わりました





経年の中で色褪せたものに侘びを



孤独の中にこそ小さな光を見出せる瞬間




鼓動があり


息があり


温もりがある





全てが始まる前の無



そこには無条件の愛



慈悲が広がっているのかな・・・



そう思えた時、少し胸の奥が



暖かくなります





生命はただ在るだけで素晴らしい




和敬清寂








いつもありがとうございます。