ポツダムはかねてから訪れたいと思っていた場所でした。
高校の世界史の教科書にサンスーシ宮殿のことが書いてあったことが記憶の片隅に残っています。
この地は丘陵地帯で水が豊富、プロイセン王家の幾つかの宮殿があり、優雅な雰囲気が感じられます。
ベルリンとポツダムは、パリとベルサイユの関係と似ているようです。
サンスーシ宮殿
フリードリッヒ大王(在位1740~86年)が建設した優美なロココ様式の宮殿
フランス語で 憂い無き Sans Souci という意味
一見華麗な宮殿ですが、住んでいた大王は人間不信に陥って悩み多き晩年を送ったと伝えられています。
段々のテラス状になった庭園からの眺望が見事。
新宮殿 バロック様式 補修工事のため現在閉鎖中
ツィーリエンホーフ宮殿
ホーエンツォレルン家の最後のウィルヘルム皇太子が住んでいたイギリス風の城館
現在はシャトーホテルとして使われています。
第二次大戦の末期、1945年7月17日~8月2日にかけて
トルーマン、チャーチル、スターリンが、この広間の円卓で会議を開き
ドイツの降伏後、日本の無条件降伏と戦後処理に関するポツダム宣言が出されました。
これを即時に受け入れなかったために、広島と長崎に原爆が落とされることになりますが、
会議中にアメリカの原爆実験成功の知らせがもたらされたとあります。
日本の戦後に大きな影響を与えた現代史の舞台となりました。