ベルサイユ宮殿の村上氏問題を考えてみた | 長月式部日記

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「ルイ14世の末裔が村上氏作品展は祖先を冒涜と中止を訴え」
10月23日付ニュース


日頃、欧州の観光地の情報を扱う仕事をし、時々アートな話題もブログに
書いている私としては、この問題を避けずにはいられません。

9月から始まった村上隆氏のベルサイユ宮殿での展示会、
「Murakami Versailles ムラカミ・ベルサイユ」

ジュラ紀まであと少し
「鏡の間」

ジュラ紀まであと少し

批判の対象となっているニュースは日本でも度々取り上げられていますね。
展示会の開催期間は12月12日までの予定となっていますが、
ここにきて、とうとうルイ14世の末裔だというお方が、祖先への
冒涜だとして主催者である宮殿当局に、中止を求めて法的措置を
取ると表明したとのニュースをみました。
さもありなん、といった気持ちもありますが…

まず始めに、私は村上氏の作品を批判するつもりはまったくありません。
というより、彼の作品を語れるほど存じ上げませんし、
なにより作品の価値と、この問題は全く別のモノだと考えているからです。

まず最初に理解しなくてはいけないのは、この展示会は
ベルサイユ宮殿側から村上氏に持ち込まれた企画だということです。
村上氏の作品は、海外での評価が圧倒的に高いようです。
でもその作品の特性ゆえ、本人曰く「ムラカミ・バッシング」が多いんだとか。
(かなりエロチックな作品もあるようですね)
今回は、場所がベルサイユ宮殿だったことが問題でした。
普通の美術館やギャラリーで開かれていれば問題は起こっていないと思います。
ちなみに村上氏は、以前テレビ東京系で放送されていた
「たけしの誰でもピカソ」によくご出演されていましたね。
温和な話し方で、番組に楽しそうに参加されていた姿を思い出します。


実は、前衛的な作品の展示会がベルサイユ宮殿で行われるのは
今回の村上氏が初めてではありません。
2008年にはジェフ・クーンズ氏、翌年はグザビエ・ヴェイヤン氏と
新進気鋭の芸術家の展示会が毎年行われ、村上氏で3回目となるのです。

2008年ジェフ・クーンズ氏の作品はこんな感じです。
ジュラ紀まであと少し

村上氏と同じくポップな感じのモノが多かった様です。
また、この方の名前は知らなくともこの作品を見た事がある方は多いはず。

ジュラ紀まであと少し

ご存じ、「マイケルとバブルス君」ですね。
この作品もベルサイユで展示された様です。
実はこの展示会の時も、同じくルイ14世の末裔シクストアンリ・ド・ブルボン公が
法的措置を取るべく訴えを起こしましたが、裁判所に却下されてしまいました。

宮殿がこの様な展示会を行う背景としては、秋から冬にかけての
入場者数が減る傾向にあるので、新しい趣向を施して若い世代の
入場者も見込みたい、という宮殿側の意向だったとのこと。
実際、このクーンズ展では100万人の来場者があったそうです。
いろいろ努力の結果、継続されている訳ですね。

古いものと新しいものをコラボレートすることは素晴しいと思います。
特に、フランスはそういった文化を受け入れる懐が深い国です。
日本のアニメや漫画がいち早く広まったのはフランスですし、
毎年開催されているジャパン・エキスポは今年で11回を数え、
若い人を中心に、実に17万人もの入場者を迎えました。
宮殿側は、そういった若い人達にアピールしたかったのかもしれません。
また、新しいことを行う時に批判が出るのは仕方のないことです。
人間は前例の無いことには消極的になることが多いですから。

たとえば「カウ・パレード」というアート・イベントがあります。
牛(カウ)型の置物に様々なペイントをして街角に置くイベントで、
世界の主要都市で不定期に行われています。
日本でも東京・丸の内で何回か開催されました。

ジュラ紀まであと少し

このイベントも、当初は「なぜ牛?」みたいな批判があったと推測しますが、
いまは普通にこういったアートを一般的にも受け入れていると思います。


思いますが…
それでも、やっぱりなぜあえてベルサイユ宮殿で村上氏の作品群を
展示したのか、私個人としては残念な気持ちでいっぱいなのです。
なぜなら、ベルサイユ宮殿は街角などではなく、数々の歴史の舞台と
なってきたフランス史の中でも重要な建物だからです。

もしかしたらこの展示会の期間中、一生のうちで一度しか宮殿に
訪れる機会が持てなかった人も居たかもしれません。
そういった人々の気持ちを考えたことがあったのでしょうか。
たとえば、日本からヨーロッパは大変遠いですよね。
そんなに容易に行ける場所ではありません。
憧れて何年もお金を貯め、ようやく訪れた時に現代的なアート作品の
展示場となっていたら、私なら悲しくてやりきれないです。
もちろん、逆に面白いと感じる方も居らっしゃるでしょうが。
また、ベルサイユがもしもルーブルの様に「美術館」だったら、
見に行く側も違う感覚で作品に接することが出来たと思います。
「美術館」ならいろんな作品があるのは当然ですから。

たとえば日本の国宝である姫路城。
あのお城の中が、日本の歴史とは全く関係のない作品群で
埋め尽くされていたらどうでしょう?
日本人からも批判は出るはずです。ましてやサムライや時代劇に
憧れて訪れた外国人の方がご覧になったらガッカリするはずです。
あるいは古代の遺跡で柱しか残っていない場所でも、又はそこが原っぱだとしても、
想像力を働かせて建物を思い浮かべることはできます。
でも逆に、目の前に存在する物を無いように想像するのは、
なかなか難しいことだと思いませんか?

美術館で特別展を開催する場合、通常の展示物とは別に、
別室の展示で別料金となっている場合が多いのです。
ですがこのベルサイユの場合は、いわゆる宮殿の主要な部屋での
作品展示であって、そこに見る側の選択肢はなく、
必ず見なければならない状況にあるから問題が大きくなっているのです。
(当然、料金も普段より割り増しです!)

繰り返して言いますが、私は村上氏の作品を批判したいのではありません。
作品の評価と、今回の騒動は別に考えるべきです。
歴史的な場所には、それにふさわしい位置づけがある、という事を言いたいのです。
比べるのはヘンかもしれませんが、昨年のミス・ユニバースの衣装で
裾が思いっきり切られた振袖があれだけ批判を受けたのと、
今回の騒動の気持ちの根底は同じ気がするのです。
文化や歴史はまず尊重されるべきで、その理解があってから
自由な表現をしていったらいいと思います。

意外に保守的なのね、と思われたかもしれません。
が、どうしても書かずにはいられなかったワタクシなのでありました。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。