盛岡食いしん爺
<音楽が流れます、音量に注意してください。>
打上げ兼忘年会。
久し振りの言葉「忘年会」。
十数年前。
11月下旬からシーズンだった。
クリスマスの前後は、連日の様に続いた。
広い部屋で数十人の宴会。
二人で静かな時も。
年が明ければ、新年会。
ホテルや料亭。
3月末から4月は、送別と歓迎。
5月は色々な総会の後の懇親会。
よく飲んだ。
あのエネルギーはどこから湧いたのだろう。
帰り道に通った繁華街。
12月半ばというのにネクタイ族は少なかった。
先日、あるまちづくりの会の打上げ兼忘年会に出た。
会場は盛岡八幡宮向かいの「初駒本店」。
殆どが顔見知り。
広間も数年間からテーブルと椅子になっている。
近頃は、料亭もそうだ。
Christmas Time Is Here · Diana Krall
賑やかだが、
数年前と比べると半分ぐらいの参加者。
お~
存在感のある鍋が置かれた。
私のブログを見ていてくれる人にも出会った。
嬉しいものだ。
大きな土鍋のぐつぐつが始まると、
店のスタッフが鍋の蓋を開けていく。
具の旨味をのせた湯気が一気に飛び出す。
喧騒の中で白い湯気を見ていた。
あれは、三十代の後半だった。
主賓である組織の中で偉い方の隣に座っていた。
というのは、開始のギリギリになってしまい、
先輩方に促され、空いていた隣の席に誘導されたのだ。
座布団を少し横にずらし、空間を持とうと思った。
「いいじゃないか、座れ」
「はい」
いつも宴席では、わいわいを仕掛ける方だった。
しばらく、皆の話に合わせて笑う程度。
胡坐をかく頃になり、
偉い方が、
「さあ」と銚子を差し出す。
「はい、いただきます。」
鍋が出てきた。
私の様子を見ていたのか、
鍋から小鉢に取り分け、私の目の前に置いた。
「さあ、食べなさい」
「はい、ありがとうございます。」
空腹ですぐに食べた。
すると、再びよそってくれた。
「おい、どんどん食べなさい、若いんだ、腹もへるだろう」
「いただきます」
中締めの頃、
「どんどん食べて飲んで、いい仕事しろ」
眼の奥が優しい。
その方の前には、次々と酒を注ぎに来る人が絶えない。
恐縮する後輩に特に話すでもなく、言葉少なに気遣ってくれた。
こういう社会人になりたいと思った。
あれから、私はどうだっただろう?
腕を組んで考えていた。
「千葉さん、どうぞ、あれ、ノンアルですか!」
後輩が注ぎにきた。
ひとりには話の聞き役になれたが、
もうひとりには、私から話す方が多かった。
まだまだ懐の深さがない様だ。
昨年、あの方は逝ってしまったが、
いかつい顔の眼の奥にある優しさが浮かんだ。
40代の頃には、
「飲むなら、そろそろBarに行け」
そう言われたことを思い出した。
焼き鳥を前に飲むと愚痴が出て、
料亭にいると、天下国家の話になる。
Barで静かに飲むと、自分を見つめる時もある。
なんとか上手く使い分けてはいる。
だいぶ遅いが、今になって少し分かる。
その夜の宴会も中締め。
「もう少し飲みましょうか」の声に頷いた。