盛岡食いしん爺日記
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40代の頃、10数年後に繋がる仕事をしていた。
遥か先の事だと思っていた。
あの頃、未来の自分を想うことなんてなかった。
先日、ある同級生と盛岡で50年ぶりの再会。
花巻市の旧橋本家別邸が「茶寮かだん」として蘇って8年。
今のオーナーから本の制作を頼まれた。
その時、旧橋本家の事を知る人がいた。
高校時代の同級生だった。
電話をかけた。
頭の隅にあったその人の声。
時の隔たりが消えた。
半年後、彼女が友達と4人と岩手に来るという。
一関、遠野、花巻を旅行し盛岡にも泊る。
盛岡で「わんこそば」を食べるというので会うことに。
創業明治40年のそば屋「東家」。
受付で聞き、案内してもらった。
2階では、あちこちで紅い杯を重ねている。
「はい、どんどん」という掛け声、客の歓声や悲鳴にも似た笑い声。
中学時代の同級生とは、
厄払い、還暦などで会っても分からない人が多い。
高校時代を共に過ごした人は、たいてい面影がある。
案内され、お互い、すぐに分かった。
手紙を何度かやり取りしたが、彼女は忘れていた。
たまたま私の実家に残っていた3通の封書。
何度目かの電話の時、せっかくだから送ることにした。
近況や旅行の話やちよっと愚痴の様な事が書かれていた。
彼女が忘れている方が、自然だ。
記憶の片隅に残しておくのは、概して男の方が多い気がする。
旅人5人の写真を撮ることにしていた。
旅慣れた雰囲気の人達だった。
そばを美味しいと言いながら、食べている。
ALONE AGAIN (NATURALLY) · GILBERT O'SULLIVAN
一杯の量は少ないのだが、徐々に胃にたまってくる。
給仕さんとのやり取りも楽しい。
しだいにペースがおちてくる。
終わりは蓋を閉じる。
この時、給仕さんが、すきを見て一杯を滑り込ませる。
「もう、一杯!」と見事な手さばき。
このやり取りも面白い。
結局、少ない人は15杯、多い人で50杯だった。
食べ終えて記念写真。
デザートを食べ、少しゆっくり。
「千葉君は、何杯ぐらい食べるの?」
「あんまり来ないんだけど、今でも100はいけると思う。」
皆に驚かれたが、私たちの間では普通のことだ。
わんこそばを食べたのは、8年前。
女性も含め7、8人だった。
<7、8年前の写真 1>
女性も100近かったと思う。
<7、8年前の写真 2>
あの時、まだ食べられたが、ゴロの良い数字に合せて「111」杯。
<7、8年前の写真 3>
そんな話もして驚かれた。
ある方から聞かれた。
「彼女は、どんな高校生だったの?」
学業もしっかりで部活も頑張り、言うことなしと答えた。
当時の自分は、勉強も部活もしていない。
試験の時は部活がない。
静かな体育館で、仲間達とバスケットをした。
試験の時期は、それで疲れた。
いつもは部活が始まるまでの2、30分だけ走り回っていた。
「千葉君、ご飯食べたの?」
と聞かれ、
「これから食べるから大丈夫」。
と言ったもののわんこそばを食べたくなった。
昼は花巻の「茶寮かだん」でランチをし、
オーナーの一ノ倉さんも喜んでくれたという。
そんな話をして再会は終わった。
手を振りながら、
「今度、東京に修学旅行に行く予定だから」と言うと、
笑って「分かった、またね」。
なんだか、ちょっと前にも会った様な気分になった。
一緒の人達に「岩手、盛岡はどうですか?」
と尋ねると、
九州から来た人が話していた。
「東北の山は深い緑で覆われ、綺麗だ」と。
九州には北九州に2度、長崎や鹿児島にも行った。
全て仕事だったから九州の山の印象が薄い。
せいぜい桜島や長崎の連なる丘。
何度も行った気になっていたが、私は、全く九州を知らない様だ。
京都や奈良、近江にも行きたい。
四国や九州も改めて旅してみたい。
久し振りの再会や初めて岩手を訪れた人と話すと、
色んな刺激があるものだ。
そんな事を思った帰り道。