盛岡から国道4号線車で南へ30分ほで紫波町。
この辺りまで街は、途切れない。
線路の西側には住宅地にオガールという施設、真新しい役場庁舎などがあり賑やかだ。
その日は、東側の古い街、日詰の街歩き。
藩政時代は、川港があり賑わった街。
馬も船に積んだらしく、その名も日詰。
今は、レトロな雰囲気漂う商店街を路地まで歩いた。
てくてくと6時も過ぎて夕飯の時間。
その夜は「松竹」さんに決めていた。
<松竹さんのソースカツ丼(780円)に、カツを1枚100円)追加>
カツの下にキャベツ。
とても美味しい。
美味しいカツは、かぶりついても衣が離れない。
豚肉の旨味を衣がしっかり閉じ込めている。
カツを1枚追加して大正解。
後を継いでいる若い主人から話を聴いた。
お祖父さんが、一関の松竹さんで修業してきたそうだ。
元々は縁戚とのこと。
その「松竹」は一関の駅前にある。
母の生まれ育った街。
父の転勤で、県内を巡り、花巻に家を建てることになった。
母の実家から、祖父が庭石をトラックいっぱい積んできたかと思えば、
ピアノが届いたり。
ある日曜の午後。
土建屋を営んでいた祖父が、黒い車でやってきた。
運転手さんの持つ肩幅よりも広い黒いお盆を覆う白い布。
受け取った母は、ちらっとめくって歓声を上げた。
祖父は縁側で、いつもの様にお茶を一杯飲むと「じゃ、帰っから」と車に戻った。
当時、一関から車で1時間半、いや2時間近い道程。
テーブルに置かれた長いお盆には海老天が2列、びっしり。
母が「松竹」の海老天が食べたいと電話したらしい。
早速、翌日に届いて大喜びというわけだ。
夕方、父が用事を終えて帰って来た。
近所にも配り、それでも4人家族の食卓には山盛りの海老天。
軽くプライパンで炙られ、プリッとして美味しかった。
いったい父にとっては、どんな味がしたのだろ。
日詰の商店街には、伝承されている懐かしい味が、
しっかりと残っていた。