盛岡の八幡宮に向かって伸びる一直線の通りの真ん中辺りに、蕎麦屋「ごん八」がある。

久し振りに暖簾をくぐる。

店に入るとずらりと、変わらず壁という壁に並ぶ蕎麦猪口の数々。

「いらっしゃい!、しばらくぶりだね~」

と親方の声。

「ざるとかき揚げでお願いします。」

 

ざる蕎麦の薬味は全国的には、「ワサビ」だが盛岡界隈は「紅葉おろし」が多い。大根おろしに一味が効いて紅葉色になっている。「ごん八」とは、紅葉おろしという意味で、そのことを店を造る時の棟梁から教わったのが店の名の由来。

 

「おまちどうさま!」

この店は、冷たいか温かい蕎麦かで太さを変えている。天候をみて配分する。微妙な季節は、なかなか予想が難しい日もある。仮に、冷たい蕎麦がなくなると、それで終わり。後は、温かい蕎麦だけになるか、そこから打つので時間がかかる。そのこだわりは、親方の風貌によく出ている。

さて、食べる。

美味しい。爺は、ここの蕎麦が好きだ。

 

 

さあ、早速いただきます!

 

 

「紅葉おろし」と「わさび」が一緒についてくる。始めから両方を用意するのが、「ごん八」の流儀。この紅葉おろしを「権八」というのだが、その理由は、歌舞伎の「鈴ヶ森」の中で、

あの番隨院長兵衛が、

「お若(わけ)えの、お待ちなせえやし。」

すると、白井 権八、

「待てとお止めなされしは、拙者のことでごさるか~」

そのセリフのやり取りだけは、何かで知っている。

歌舞伎の見せ場で権八が、もろ肌を見せると見事な紅葉が彫られていた。そこで、「権八と紅葉」が結びついたものの、その後は爺もよく分からない。東京にも「権八」という蕎麦屋が数件あるらしく、爺も一軒は見たことがある。

 

旧南部藩では、紅葉おろしが多い。

 

親方は、言う。

「蕎麦は、1、2が水で3、4が無くて後は粉。」

実は、親方は子供の頃からラーメン好きで蕎麦は好きではなかった。大人になって古い蕎麦屋で食べてびっくり!

「こんなにも、美味しい物だったのか!」

そして、とりつかれた様に、あちこちの店を食べ歩く。ついには、自分で打ち始め、とうとう脱サラして開店。もう今やサラリーマンの面影はない。どう見ても頑固一徹な職人の風体だ。

そして、壁のいたるところに飾ってある蕎麦猪口。

 

 

趣味から始まり、とめどもなく集めている。その数、なんと1000個。

 

 

壁は、殆ど蕎麦猪口。洒落たデザインになっている。

 

 

蕎麦猪口は、ちょっとしたトレンドで、苔玉、盆栽を入れて育てたり、珈琲カップ替わりなど色々とお洒落に使われている。

「どんどんブームになれば、親方は、かなりのコレクターですね。高い物もあるんでしょ?」

と爺が言うと、奥さんが笑いながら、

「へぇ~、そうなったら売る、売る。ドンドン売ります。」

 

 

なかには、ガラス製のものもある。

 

 

 

冷たい蕎麦は、少し細く。

 

 

あまり、食欲が無い時、爺は、ごん八で蕎麦を食べ、元気になる。

それに、もう一つ、親方と奥さんとの話がどこにも無い薬味で、いい味を出すのだ。

 

 

 

 

かき揚げは、奥さんの担当。美味しい。

 

 

 

盛岡出身の人や住んでいたことがある人から盛岡の古い街並みを歩いたり、「ごん八」で蕎麦を食べたとかの知らせが届くと、とても嬉しくなる。昔とあまり変わらない昭和レトロの街だから、たっぷりと懐かしんでもらいたい。

今日も親方は、天候を予想し、冷たい蕎麦と温かい蕎麦の準備をする。お客さんに喜んで食べてもらうために、一心に、こだわりの蕎麦を打つ。

そして、八幡のポンポコ市や松尾神社のお祭りでは、屋台で評判の薄焼きを黙々と焼く。それも美味しい。

親方は、蕎麦より自信があると言っている。