若き音楽家との夕食は、久々に中華にしようと考えていた。
彼が、中華がいいと言うので菜園の「珍萬」にした。
若いころと違って一言、二言で傷つくことはないが、嫌な話を聞いたり、色々とス トレスが溜まると「食いしん爺ジュニア」の称号を与えてもいいと勝手に思っている若いミュージシャンと会う。そして、おおいに食べる。アルコールは、ストレス解消にならないと爺は考えている。逆に嬉しいことがあった時に飲むのだ。
今夜は、食べることになっている。
珍萬は、小さな店でいつも賑わっている。ほぼ開店の時間に入ったので二組目の客
だった。
「今夜は、食べながら色々話そう」
そう、爺が言うと、
「はい、食べて、おおいに語りましょう」
と彼も意気込んでいた。
始めに、クラゲの酢の物を頼んだ。
「美味しいっすねー!」
ぷりぷりで気持ちいい歯ごたえだ。
二人は、交互に小皿に取り、取っては食べ、あっという間に消えた。
次は、春巻き。
皮が薄くてサクサク。
美味しい。
海老ニラまんじゅう。これが、また美味しい。二組目の客なのでリズムよく料理が
出てくる。二人は、箸を置くことがない。
カニと豆腐のあんかけ。
「美味しいですね!」
「うん、美味しい。食べよう、ドンドン」
爺のお待ちかね。酢豚。
「おー、酢豚、久しぶりです。きれいだ。美味しそう~」
「さあ、食べよう」
何人かの人が話しているが盛岡には、個性的で美味しい店がジャンルを問
わず、あちこちにあるかもしれない。
海や山からの地元の物をふんだんに使った盛岡のグルメは、なかなかのもの。と爺
は、近頃確信している。「珍萬」もその一つだ。
盛岡の食文化に拍手だ。気取らずリーズナブルで優しい味が多いと思う。
「酢豚が凄くジューシーだ! それに玉ねぎがいいですね~」
「どんどん食べよう」
五目あんかけ焼きそば。
「まず、食べよう!」
「はい!」
「珍萬」は、もともと紺屋町にあった。今、そこは「ざくろ」という中華系の店で、やはり
人気がある。
一番「おこげ」が好きだが、今は予約が必要だから諦めている。
そう言えば昨年に、彼と彼の師と仰ぐ音楽家と三人で呑んだことがある。音楽の話、声
の出し方や色々と専門的な話を面白く聞かせてもらった。
その時、師匠が実演して見せたことがある。腹話術の「いっここく堂」さんがやる、口が先
に動いて言葉が後から出て追いかけるという例のやつだ。目の当たりにするとびっくり
だった。その「いっこく堂」さんが、普段ほとんど飲まない人が自宅で梅酒を飲み、倒れ外
傷性のくも膜下出血になったらしい。3月に退院したが、自宅療養し復帰に向けて頑張り、
4月半ばにはステージに復帰したらしい。良かった。
やはり爺は、嬉しい時にだけ呑むことにしよう。
今日は、夢中で食べるぞ!
2人とも満腹で香りのいい中国茶を飲みながら、
「心残りがちょっと、おこげだ」
「いやあ、でも、久しぶりの中華を満喫しましたね~お腹いっぱいです。食べ物は、大
切ですよね。演奏も体力がいるので肉を食べることにしています。」
師匠からのアドバイスで肉は翌々日にエネルギー源になるので逆算して食べるという
ことだった。彼は、ジャズピア二ストで爺もファンの一人だ。本当に音楽が好きでたまらな
いという表情で弾く。美味しい物も幸せそうな顔で食べる人だ。
ついに、二人は、話の本題を語ることもなく「美味しい」を連発し食べまくり食べ物の話
で終わった。
別れ際、
「今度は何食べようか?」と聞いてみた。
二人で口をそろえて 「肉」と言って笑った。コンサートの二日ぐらい前に連絡が来るか
もしれないと爺は思った。。
美味しいはいい。嫌な想いは、どこか消えた。さあ、今夜は早く寝よう。