爺は、日本橋は人形町「甘酒横丁」をあちこち散策したときに、「水天宮」と「明治座」から

   「八幡界隈」と「盛岡劇場」を連想した。

    帰って来た翌週に、中津川を渡り八幡界隈に行ってみた。

    陽は長くなり、小春日和の日が続いたので、昨日からの冷えこみが寒く感じてしまう。


    丸基屋さんの店の前は、明るく温かそうで吸い込まれる様にして入った。

    創業79年で三代目のご主人が店にいた。

    「戦後は、砂糖が手に入らなくて先代や盛岡のお菓子関係者が一致団結して砂糖を仕れたり

   して協力して苦境を乗り切ったようです」

    戦後に、当時としては珍しかった「ワッフル」をウリにしていた時もあったとのこと。    


    「今は、和菓子と洋菓子、どちらが主なのでしようかね?」とたずねてみた。

    「洋菓子が好調で伸びた頃もありますが、今は、和菓子です。ただ、両方に力を入れてますね」


    やはり、お菓子屋を営んでいくには、バランスをとり、人々のニーズをしっかりつかんでいかな

   ければ、なかなか難しいのだそうです。

    三代目からは、職人気質より、現代的な経営感覚を感じた。


    どの世界も、厳しいものだなあ~

    爺は、何度も店にお邪魔していますが、お菓子の話を聞くのは久し振りで、たいていは世間話が

   主です。

 

    日本橋の人形町「甘酒横丁」を歩いてきた話をした。

    人形町には遊郭が置かれていたこともあり、一方、八幡界隈にも昔、遊郭があった。どちらも

   人々が日常から解放される場所だったこと。それに、当時は、盛岡芸妓さんも隆盛を誇り、関東

   以北随一の芸どころだった話など二人で盛り上がった。


 

     さて、丸基屋さんに入って目につくのは、お菓子の「木型」だ。


   


 

      職人の技の象徴みたいに感じて爺は、一個欲しいのです。

      オブジェとしても美しい。


           



       南部藩では、カタクリの根から採れるでんぷんで作られる片栗粉を幕府に献上して

      いたらしい。「カタクリ師」と言われる職人もいたということだ。

       これは、もう南部藩独自の上品な食文化だ。


       できるだけ当時の工程で作られた落雁。これが老舗、丸基屋の昔ながらの

      盛岡グルメの「紅白 双鶴」だ。

 

       片栗粉と砂糖を混ぜたものに水飴で作る。それをこの木型に入れて完成させるということだ。

       シンプルな作り方ほど難しい様だ。


       「柔らかすぎず、硬すぎず、気候に左右されるので、神経質な仕事が要求されます」

       香煎を使った「双鶴」も片栗粉で作られる「双鶴」も伝統的で品のある甘さで口の中で

      溶けてしまう。

       やはり、城下町盛岡の和菓子も、「いいなあ~」  

       どこぞの姫様が口の中に入れた途端に満面の笑みを浮かべたのだろうなあ~

   

       では、まず 「双鶴(そうかく)」ですね。

       「丸基屋」と言えば、このお菓子。


     




    丸型は表紋、菱形は裏紋として南部家が代々もちいて来たものです。

    この由緒ある紋の使用を許されたのだそうです。

    香煎の落雁です。

    サクッと割れて口の中で溶けていきます。


     




   




    



       

          続いて、「紅白 双鶴」

          「皇太子殿下御成婚 献上菓」なのだそうです。

          この片栗の落雁は「ホロリ」と口の中で消えます。

          春の淡雪が見事に溶ける。

 


   



      カタクリの花は、南部藩時代からなのだと思うが、県内の高原などで群生している。

 

      爺が、まだ若い頃、家族で秋田との県境にある湯田の温泉に行く途中でも群生していた。

      父がカタクリの薄紫の花が、大好きだった。


      必ず、車を止めてくれと言い、降りてしばらく見ているのだ。

      「綺麗だなあ~、この花は、陽があたった時だけ、花びらが反り返り、うつむくようにして咲く

     のだよ」

      と決まって言うのだ。

      風に吹かれて花びらが後ろに流れている様に咲く花だ。


      「根は、そうとう深くて、片栗粉になるのだよ・・・・」と薄紫を見ながら語った背中を思い出す。

      母は、五十代の後半で亡くなり、父は、母の四十九日頃に発病した。

      父は、十年以上も癌と戦って逝った。

 


      丸基屋の主人から「落雁」にまつわる話を聞いていると、どうしても両親を思い出してしまう。

      父は、サラリーマンだったが、実家が和菓子屋だったせいもあるのだろう。

 

      爺は、落雁が好きではなかった。むしろ嫌いだった。

      しかし、今、あらためと口にしてみると、口の中で溶けていく「紅白の双鶴」をとても美味しいと

     思うのだ。     

 


      さて、丸基屋さんの場所は、盛岡劇場のすぐそばです。


     



    洋菓子にも力を入れ、充実していて色々なお菓子が並んでいます。



  

 





   ちょっとしたお休み処で爺はお茶をいただいたり、長話で迷惑な客なのです。(笑)


    



    南大通り一丁目ですが、盛岡劇場そばで八幡界隈です。

    この辺の店では、お決まりの流鏑馬の的。


   



     いよいよ、「丸基屋の春」を味わいます。    




 

         なんと蕨(わらび)ですね。


   




   



            水仙も、いただきます!


    




           そして、各地の春らしいお菓子も店に並んでいます。

           綺麗だ!



   



     




 




   

  

 


  




    


 

     そして、また、丸基屋さんの職人の技が生んだ逸品、爺が大好きな「きんつば」は、

    外せない。多分、後、一月はあるでしょうか?

    小豆が無くなるとおしまいです。

     甘さが、丁度いいと爺は、思います。






     そして、以前に紹介した、盛岡劇場向かいの「いなだ珈琲舎」さんののドリップパック。

     なんと、これと丸基屋さんがコラボ!!

     開店一年を迎えた「いなだ珈琲舎」と老舗「丸基屋」のコラボは、珈琲&焼き菓子。

     これから、八幡界隈で新旧垣根無く、こんなことが連鎖すれば楽しいですね~    

 

    



   



           さて、色々と「よもやまな話」で盛り上がり、帰って「丸基屋」の春を味わいます。

  
 








          まだ、盛岡劇場は眠らない! 今夜も沢山の人が出入りしています。

 

          やはり、日本橋 人形町は、甘酒横丁の「水天宮」と「明治座」を中心とした賑わいと

         街のなりたちなど、この辺と似ている要素があると思います。


          爺は、中津川の東、河南には「何かが潜んでいる」と感じています。

          まだまだ、散策してみるつもりです。


          やはり、北海道新幹線開業。函館と東京の行き返りに

         「ちょっとより道・盛岡」をアピールしなくては・・・・・

          だって、魅力的な場所、そして「盛岡グルメ」が山ほどあるのだから。

 

 

 

 

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