いずれの時間帯においても
群間差なし)。走行前も走行中も回復期も全くグリコーゲン量は
同等だったのである(図1)。
図1.運動前,直後,2時間後の筋肉内グリコーゲン量
異なっていたのはエネルギー基質である。LC群は走行中,
常に脂質代謝を中心にエネルギーを消費し,HC群は特に
走行中に糖質代謝にシフトしていた。LC群の呼吸商は
走行前でエネルギー消費の95%を,走行中で88%を脂質で
賄っていた。一方,HC群は走行前で47%,走行中で56%を
脂質で賄っていた。
なお,大変興味深いことに,運動直後のシェイクジュースの
摂取により,HC群では若干血糖値が上昇し,その際,しっかりと
インスリン分泌を起こしていた(図2)。
図2.運動+シェイクジュース摂取による血糖・インスリンの変化
(表1~2,図1~2ともMetabolism 2016; 65: 100-110)
私の考察:一般人が運動をする際には糖質制限食の方が
安全かもしれない
実は,私が糖質制限食に興味を覚えるようになった数年前から,
糖質制限食が運動耐容能に対して不利なのではないかという
疑念をずっと抱いていた。それは,私がカーボローディングの
概念を学生時代に教わっていたからである。そのころの私の
文献検索では,"train low, competehigh" (トレーニング期間中は
糖質制限にすることにより脂肪酸のβ参加能力を高めておき,
試合期間になったらカーボローディングをすることにより
運動耐容能が最善になるという考え )という理論があり,
トレーニング期間中の糖質制限を推奨する研究者はいるものの,
試合日の糖質制限を推奨する研究者はいなさそうであった
しかし,昨年(2015年),米国スポーツ医学会のレビュー雑誌で
極端な糖質制限食が運動と結婚できるかもしれない
(The ketogenic diet and sport;a possible marriage?)という
論文を読み,試合日でも糖質制限食が不利には働かない
という仮説が立てられていることを知った
本研究は,まさに試合期間中でも糖質制限食で
問題がない(グリコーゲン量,最大酸素摂取量などに
HC群とLC群で差異がない)ことが示してくれた。
運動前に糖質摂取を増やすことによりグリコーゲン貯蓄を
増やすことができ,それが運動耐容能を向上させるという
カーボローディングの概念は根底から否定されたのである。
さらに注目すべきは,最大酸素摂取量の65%という比較的
しっかりした強度の走行を3時間した後でも高糖質食を
摂取した際には,(アスリートですら)血糖を維持するのに
インスリン分泌が必要だったということである。
私たちは,2型糖尿病治療において食事療法と運動療法は
車の両輪であり,両方が必要であると指導している。
そして,しっかりした運動をした際には運動により
糖輸送担体(GLUT)4の細胞膜への移動が生じ,
インスリンを使わずに血糖値を下げることができると考えてきた。
しかし,今回のデータでは,しっかりと運動をした後でも
高糖質食を摂取するとインスリン分泌が必要であり,
アスリートにおいてすら血糖の若干の上昇が生じていると
いうことである。インスリン分泌が低下しているような
2型糖尿病患者(大半の日本人2型糖尿病患者)では,
運動していても糖質制限食の方が
(食後高血糖を防ぐという観点からは)
安全であることを示している。
なお,本研究の糖質制限食はケトン産生食という極端な
糖質制限であった。極端な糖質制限食については,
今年(2016年)1月にnutritional ketosisについての
研究会が米国のフロリダで開催されており,
既に確立されているてんかんに加え,アルツハイマー病,
パーキンソン病,がんの治療食としての可能性が検討された。
もちろん,血管内皮への悪影響や(おそらくは遺伝子異常に伴う)
ケトアシドーシスなどへの懸念はあるが,そろそろ日本でも