「運動前には糖質をたっぷり摂れ」は嘘だった
北里研究所病院糖尿病センターセンター長 山田悟
研究の背景:カーボローディングが推奨されてきた
私は学生時代,運動をやるのであれば試合前には糖質を
たくさん食べるようにと指導された。糖質を負荷すること
(カーボローディング)により,筋肉内のグリコーゲンが増加し,
運動耐容能が向上するということであった。この若いころに
刷り込まれた知識により,"糖質制限食をしていると,
(カーボローディングの逆作用で)筋肉内のグリコーゲンが減少し,
運動耐容能が低下するのではないか"という懸念を持っていたが,
自分自身の体感としては糖質制限食で運動持久力が低下するとは
感じていなかった。
このたび,極端な糖質制限食(ケトン産生食)ですら筋肉内の
グリコーゲン量は維持され,運動耐容能も低下しないことを示す
糖質制限食は運動耐容能を低下させないことが証明され,
もそもカーボローディングの概念が覆されたように思うので
ご報告したい。
研究のポイント1:スーパーマラソンやトライアスロン選手の
横断研究
本研究は,ケトン産生食研究のトップランナーである
米コネティカット大学のVolek氏,米カリフォルニア大学
デービス校のPhinney氏らの共同研究である。
21~45歳の50km以上を走るスーパーマラソンや
トライアスロンの男性選手で,認定された大会の決勝の
上位10%に入ったエリート選手を対象として研究への
協力を依頼した。普段からカーボローディングを
行っている人(High Carbohydrate;HC群)と,普段から
ケトン産生食を行っている人(Low Carbohydrate;LC群 ※1)
を集めるようにし,参加に同意した運動選手に(食事以外の
背景因子がHC群とLC群でマッチするように参加者を
選択した上で),研究施設に2泊3日で滞在することを要請した。
参加者には事前に普段の食事記録を提出してもらい,
HC群(糖質エネルギー比率55%超),LC群(糖質エネルギー比率
20%未満,かつ脂質エネルギー比率60%超)であることが
確認された。その上でテスト前日の16~19時に試験施設に
入所することを求めた。
入所当日(day1)は体格や最大酸素摂取量が測定された。
翌日(day2;テスト日)は,朝6時に二重エネルギー
X線吸収測定法(DXA)を用いて体組成を調べ,その後,
筋生検を実施。さらに,9時前に参加者それぞれの普段の
食事に見合うシェイクジュース(PFC バランス※2はHC群1
4:36:50,LC群14:81:5)を体重1kg当たり5kcal相当分
飲んでもらい,9~12時の3時間,最大酸素摂取量の65%の
強度でトレッドミルを走り続けてもらった。運動直後にも
同じシェイクジュースを再度飲んでもらい,14時まで
2時間の安静回復時間を取ってもらった。運動直後と2時間後には
筋生検を行い,この間に頻回に採血を行った。
研究のポイント2:HC群とLC群の運動持久力,
グリコーゲン貯蓄量に差はない
HC群(10人)とLC群(10人)とで,事前に聴取した普段の
食生活を示したのが表1である。また,day1に測定した体格や
運動持久力を示したのが表2である。明確なPFCバランスの
相違があるにもかかわらず,両者の体格に相違はなく,
最大酸素摂取量にも差はなかった。
表1.HC群とLC群の普段の食事内容
表2.HC群とLC群の体格と運動持久力
研究のポイント3:運動時のグリコーゲン貯蓄にも差はないが,
エネルギー基質に相違
次にday2における3時間のトレッドミル走行でのデータである。
まず,糖質制限食で筋肉内のグリコーゲン量が低下するという
私の懸念は,全くの杞憂であった。走行前のグリコーゲン量に
差異はなく(両群ともに約140mmol/kg),両群ともに運動中に
低下し(走行前に比較してHC群62%低下,LC群66%低下),
2時間安静にするとある程度回復していた(走行前に比較して
HC群38%低下,LC群34%低下。いずれの時間帯においても