ティピがいなくなって、10日が経ちました。

私は元気です。
お仕事だけはちゃんと、手を抜かずにやってます。

でも、ティピのいない生活は、まだ受け入れられていません。
少しずつ…少しずつ…なのかな。


時々、ニーゴが窓際にポツンと座って、ティピの帰りを待っています。
小さな背中を見ていると、ごめんね、という気持ちでいっぱいになります。

ティピの代わりに、と、せめてもの罪ほろぼしにハンモックを買いました。
ニーゴは、もともと里親さんを探すつもりで仙人から預かった子猫。
ティピとそっくりなので、「ティピ2号」から「ニーゴ」と私が名付けました。

ニーゴの名前の中にティピも存在する。
なんだか不思議な気がします。



シェリーベビーの2匹は、まだ名前をつけていませんが、里親さんの元で元気に暮らす2匹には、とってもカワイイ名前がつきました。
とても嬉しかったです。

残る我が家の2匹は、ティピと同じく、ネイティブインディアンの言葉から付けることになりました。
どんな名前になるか、楽しみにしていてください。


さて。
今週末と来週末に、大きな仕事を控えています。

ティピに見守られながら、頑張ってきます(o‘∀‘o)



深い悲しみと大きな喪失感の中です。

プロフ画像を我が家の子猫、ティピに変更した矢先。
突然の事故で、ティピは虹の橋へ行ってしまいました。

我が家へ来て2ヶ月と12日。

出会いは、お店の駐車場で見知らぬおじさんに手渡され「その子はあなたにあげますから」と、突然の出会いでした。

そして、お別れも突然でした。
この子はうちへ来て幸せだったかな?
自分自身を責めてしまいます。

小さな骨壷に収まったティピを心に感じながら、これからも頑張りたいと思います。

が。
まだ現実を受け止められずにいます。


そんな中、コロネが子宮内膜炎の手術を終えて、昨日退院しました。
残念ながら、白血病も陽性反応。

あと少しでも、一緒にいられる間の時間を大切にできるだけ、幸せですね。

ティピとの別れは突然すぎて、後悔ばかりです。
すみません。
ゆっくりと個人的意見をまとめる時間がないため、猫友のめー子さんとHappyさんのお言葉を借りて転載させていただきます。

拡散できる方は、ご協力よろしくお願いいたします。

***********************


昨日の公判を受け、判決に不服があれば控訴願いができるそうです。
横浜検察庁川崎支部に14日以内(6月6日まで)に手紙などで控訴願いができます。

***********************

先程、被害者の一人でこの事件におけるブログを立ち上げた方が「控訴」の意思表明をされました。

「猫詐欺防止のために動き始めた人のブログ。」
http://ameblo.jp/calendulacat/

そこで皆様にお願いです。
控訴は最終公判から14日以内という時間制限があります。
その為、署名簿などを作成する時間がありません。
ですので、個人で検察庁に手紙、ハガキをお願い致します。
他所ではメール、電話などの情報もありますが検察庁の業務に支障が出ては困りますし、何より印象が悪くなり兼ねません。
どうか、書面にてお願い致します。

■送付先
〒210-0012
川崎市川崎区宮前町12番11号
横浜地方検察庁 川崎支部
※「川崎・猫虐待事件の控訴を求める要望書」または「事件番号平成23年(わ)第589号」と書いていただければ分かりやすいかと思います。

検察の方々は非常に親身にこの事件に向き合って頂いた、と被害者の方々の言葉があります。
是非とも検察の方のこれまでの努力を労う一言を添えて頂ければと思います。

6月6日までの間に嘆願書をお送りください。
どうか、お願い致します。



今日は廣瀬の最終公判でした。
以下、ニュースより転載します。
 
 
【猫虐待の男に有罪=殺傷目的隠し5匹詐取—横浜地裁支部 (5/23 15:05 時事通信社)】
 
虐待目的で猫を譲り受けたなどとして、動物愛護法違反と詐欺の罪に問われた無職広瀬勝海被告(45)の判決が23日、横浜地裁川崎支部であり、駒井雅之裁判官は「被害者の受けた精神的苦痛は計り知れない」として、懲役3年、執行猶予5年(求刑懲役3年)を言い渡した。
駒井裁判官は「言葉巧みにうそを言って、猫をだまし取り、殺傷の態様は残虐で悪質極まりない」と述べた。
一方、被告が患っているそううつ病の影響も否定できないなどとして、執行猶予とした。
 
判決によると、広瀬被告は昨年11月1~6日、猫の里親を探していた女性3人から、殺傷目的を隠して猫5匹を詐取。
同月1~7日、3匹を足で踏み付けたり壁にたたき付けたりするなどして殺した他、2匹を傷つけた。 
(時事通信社) 
 
 
 
躁鬱病なら、どんなことをしてもいいのでしょうか。
苦しみながら、痛みつけられ、殺されていった猫たちは、どんな思いで最期の数分間を過ごしたことでしょう。
 
野良猫の「ゆめちゃん」が、最期の深呼吸をした時、「天使が迎えに来てくれた!」と思いましたが、どうか廣瀬に殺されたたくさんの猫たちにも天使のお迎えがあったことを強く祈ります。
 
 
 
強い憤りを感じた今日。
 
我が家の子猫2匹の里親さんから、とても心温まるメールをいただいたので、あえて今日のこの日に紹介させていただきます。
 
*********************
 
まずは簡単に報告すると、シェリーが4月10日に産んだ4匹のうち、2匹の子猫の譲渡が今週日曜日に決まりました。
 
紹介してくれたのは、動物病院のスタッフさんです。
あるご家庭で、生後1年の猫ちゃんが病気で亡くなり、さみしくてたまらないとのこと。
そこで、シェリーの出産のことを思い出してくれたスタッフさんが、「先方は、とても安心できる優しいご家族ですけど、お譲りする予定はありませんか」とお電話をくださいました。
 
正直、前回、ニーゴの里親さんの話が残念ながら流れてしまったので、本当に譲渡が決まるか、ずっと不安でした。
お断りされた理由は、「監視されているようで、自分の猫と思えないのは残念なので」ということでした。
 
そのお気持ちもよく分かるので、私も引き留めることはせずに受理しました。
 
今日、改めて廣瀬のことを思い出すと、これで良かったと思います。 
ご縁があって我が家にやって来た猫なので、「多少の監視は当然のこと」だと関東のボラさんからも言われました。
私の住む街は、関東と比べると平和ではありますが、どんな家族にもらわれて、その後どう過ごしているかも分からないようでは、ずっと不安を抱えてしまうようなもの。
 
なので、今回のように、あらかじめ先方のお人柄が分かっているご縁は、とても安心だと思っています。
 
 
そんなご家族から、こんなメールをいただきました。
 
「夫が奮起して職場から段ボールを貰ってきて昨夜、段ボールタワーを作りました。もちろんタワーの中も移動が出来ます。
我が家のスカイツリーを喜んでくれるかなぁ。」
 
この文章に、「6段重ねの大きなハウス」の写メ付きです!!
 
なんて幸せなシェリーベビー!!
こんなにも心待ちにしていただいて、私もとても嬉しいです!
 
さらに、新品のメリーゴーランド型のおもちゃの写メも添えられていて、本当に譲渡まで待ち遠しい気持ちが伝わってきました。
 
 
シェリーが毎日、片時も離れずに世話をしてきた子猫たち。
来週からは、温かいご家族の元で、末永く大切にしていただけると確信しています。
 
 
初めての里親探しと、里子出し。
お渡しする時に、寂しくて泣いちゃったらどうしよう…と思っていましたが、嬉しくて泣いてしまいそうです。
 
 
 
たからばこ-Image029.jpgたからばこ-Image039.jpg
 
 
 
残る数日、私もケガをさせないように、この2匹を大切に大切にお預かりします!!
 
 
職場猫ゆめちゃんが虹の橋を渡って、2週間が過ぎました。

ゆめちゃん(オス)が初めて職場に現れたのは昨年7月頃。
餌付けは良くないと知りながらも、TNRを目標にした私は彼のためにフードを用意しました。

私が職場を留守にする間は、ポストにフードを入れておいて、学校帰りの生徒(Mちゃん・小5)に給餌のために寄ってもらった時期もありました。

冬になっても、職場に現れるゆめちゃんが不憫でならず、家の裏にこっそりと寝れるハウスを(段ボールと、防寒アルミシートと発砲スチロールで)作りました。
作る姿を、ゆめちゃんが遠巻きに見ていた姿は、今も思い出の中です。

知人が「魚屋で大きな発砲スチロールの箱をもらうといい」と教えてくれた矢先、帰宅途中の夜の道路に(大きくて綺麗な発砲スチロールが)落ちているのを見つけ、「まさに神様からのプレゼント!」と持ち帰ったこともありました。


そんな手作りハウスに寝てくれるようになったゆめちゃんが気になって、夜中にこっそりと懐中電灯片手に様子を見に行く度、「眩しいじゃないか!邪魔しないでくれ!!」と言わんばかりに威嚇されたものです(笑)

どれだけ餌を与えても、今年2月になっても指1本触らせてくれなかったゆめちゃん(1月10日の日記参照のこと)。

ある日、100円ショップでゆめちゃん用に、と購入したビニール製「冷蔵庫カーテン」を防寒対策としてハウス入口に貼ったところ、あまりの通気性の悪さに水滴が…。
それ以来、ハウスに寝てくれなくなりました(ごめんね)


その後、しばらく顔を見せない時期があって、3月に再会した時。
あまりの激ヤセぶりにビックリした私は、すぐに捕獲→病院へ。
診断の結果、残念ながら白血病と猫エイズのどちらも陽性で、余命わずかであることを宣告されました。
(思えば昨年暮れに、ケンカの跡があり、顔に出血の跡がありました。その時に感染したのかな。)



ずっと一人で生きてきた生粋の野良猫ゆめちゃん。

生徒(Aちゃん・小5)から名前をもらい、他の生徒さんからも「ゆめちゃん」と呼ばれるようになったことは、野良猫にとって最高の贈り物だったと思います。


余命告知からちょうど3週間、ゆめちゃんは、最初で最後の「人間との暮らし」を体験しました。

小さなケージの中は、さぞ狭くて退屈だろうと思いきや、暖かいのかオムツ変えの時すら出てきてくれませんでした(笑)
ずーっとケージの中から、私たち人間をニヒルな目つきで眺めていましたが、ご飯の後、オムツ代えの後に、ケージの中に飛んだ鼻水とヨダレの跡を拭く私の手に擦り寄ってくるようになりました。

初めて擦り寄ってこられた時は、本当に嬉しかったです。
「がんばろうね」「今日は寒いね」などと声をかけながら、毎日の世話が続きました。
ゆめちゃんも、小さな命を1日でも長く残そうと、毎日頑張っていました。

そんな話を聞いた大阪の猫友さんから、ある日A/D缶(栄養価の高い缶詰)が50缶セットで届きました。
また、ゆめちゃんの実際の様子を見た大人の生徒さんからも、食欲をそそるパウチフードとドライフードの差し入れをいただきました。

野良猫ゆめちゃんには、どちらも美味しいらしくて、それはそれは嬉しそうに食べていました。
なんて幸せな猫!!


ゆめちゃんが虹の橋を渡る前日。
名付け親Aちゃんのレッスンでした。

Aちゃんは、「ゴールデンウイーク明けまで、(命が)持たないかもしれない」という私の話を聞いて、ゆめちゃんに「また来るから、それまで頑張るんだよ?約束だよ!」と声をかけました。
すると、Aちゃんが帰ろうとした時に一緒に玄関まで自力で歩いたのです。

ゆめちゃんが、生徒さんを玄関まで見送るなんて初めてのことで、私もビックリしましたが、彼には「これがAちゃんとの最後」と分かっていたのでしょう。
玄関を出てからも「またね!また会おうね!」と声をかけるAちゃんを、ただただ真っすぐ見つめる背中は、とても凛としていました。



翌日のゆめちゃんの最期は、とても静かで穏やかで・・・。

ゆめちゃんのことを同じように気にかけてくれていた男の子(Rくん・小5)のピアノ生演奏を聴きながら、私の膝の上で大きな深呼吸と伸びをして、天使のお迎えが来ました。

その瞬間、ピアノを弾いているRくんには、ゆめちゃんの死を伝えることは、あまりにも過酷で、言葉を選ぶ余裕もなく、伝えることはできませんでした。
が、お母様のお話によると、お家でも「ゆめちゃん、もうダメかもしれないんだって」と少し覚悟はしていたそうです。


その直後にレッスンに現れたのが(偶然ですが)、給餌のお手伝いをしてくれていたMちゃん(小5)です。
ゆめちゃんの眠っている箱を覗き込み「先生…ゆめちゃん…生きて…ます…か…?」と不安げに尋ねてくれました。

「残念ながら…今だったよ」と答えると、「(名付け親の)Aちゃん、今日の学校で『やっとゆめちゃんが懐いてくれた!』って嬉しそうにずっと話してましたよ!」と教えてくれました。


実はAちゃんには「ゆめちゃんに何かあったらすぐに知らせるからね」と前日に約束をしていたので、「危篤」である旨、メールで知らせてあったのですが、残念ながら間に合いませんでした。

夜。
Aちゃんは、お家の庭に咲いていたというお花を片手に、目に涙をいっぱい溜めて玄関に現れました。

固く冷たくなったゆめちゃんの姿に、一緒に涙を流しました。
(私も、仕事が続いていたので、まだ泣いていなかったのです)


Aちゃんが持ってきてくれたお花は、ゆめちゃんが一人ぼっちではないことを象徴していました。
ゆめちゃんは、痩せ細ってはいましたが、とても誇らしげに見えました。

「淋しくなるけど、一緒にこの淋しさを乗り越えようね!」とAちゃんとハグして、別れました。


翌日には火葬に連れて行くつもりでしたが、もう少し一緒にいたくて、保冷剤を詰めた箱の中で、ゆめちゃんは何度も私に触られ、話しかけられました。
(完全に人間のエゴですが)もう少しだけ人間と一緒にいて欲しかったのです。
次に生まれ変わったら、最初から私のところへ来るように、と願いも込めて、最後の最後の1日を過ごしました。


火葬先は、ボランティアさんに教えていただいたところへ問い合わせました。
事情を説明すると、先方のご厚意で、無料にて一体での手厚い火葬を行っていただくことになりました。

最後の最後の最後まで…ゆめちゃんは人間の善意で見送られた形となりました。
立ち会いはできませんでしたが、実家に近いその場所で、これからも静かに眠ることになりました。



ペットロスが心配されたAちゃんですが、今日久々に会い、元気な笑顔に安心しました。

生演奏を届けてくれたRくんには、ゆめちゃんの死を前向きに報告しました。

給餌を手伝ってくれたMちゃんは、親戚の家で生まれた子猫たちの里親探し中です。

大阪の猫友さんからは、ゆめちゃんに毛布を送っていただいていました。
残念ながら、1日遅くて本人に見せることはできませんでしたが、今もゆめちゃんが寝ていた場所に置いてあります。
今もゆめちゃんがそこにいるようです。


千葉の猫友さんからも栄養食差し入れのお話をいただきました。
こちらも残念ながら間に合いませんでしたが、ゆめちゃんの友達コックさん(小2のTちゃん命名)のTNR用のフードと、我が家の子猫たちへの手作りおもちゃなどの、猫好きセットが届きました。
(コックさんの捕獲の計画も少しずつ具体化しています。)

今日は大人の生徒さんから「(ゆめちゃんのお世話)お疲れ様でした」とケーキをいただきました。


その他にも、本当にたくさんの人々がゆめちゃんのことを気にかけてくれて、こんなにこんなに幸せな野良猫って、この世の中にはいないんじゃないかと本当に思います。


そんなゆめちゃんが、私たち人間に問いかけたものは、「人間と動物の共生の可能性」と、「心の絆の作り方」。
そして…「人間の持つ本来の優しさ」…なのかな。


ゆめちゃん、ありがとう。
そして、私を支えてくれた、たくさんの皆さん、ありがとうございました!!
私一人では、ここまでできませんでした。

ゆめちゃんに代わり、心から御礼申し上げます。
ありがとうございました!


ゆめちゃんが食べかけのフードは、まだ冷蔵庫に入ったままです。