こんにちは。ふゆぞらです。
家族が若年性認知症になってしまったら
大人でも受け入れるまでに時間がかかります。
それを小学生またはもっと幼い子供が父や母の変化を
受け入れることは大変なことです。
彼が小学5年の時に父(57歳)が前頭側頭認知症と
診断されました。
自分の言った事が通じないことに気づいてからは
父と話さなくなりました。
幼い頃は、良く遊んでくれ保育園の送り迎えも
してくれた。厳しく叱られた時もある。
一緒にゲームで大笑いしたこともある。
そんな父親が
認知症と診断されてから「会社に行きたくない」と
仕事を辞めてしまい
この頃から、少しづつ自分の知る父でないような
気がしてきたそうです。
居間で排泄をしてしまった時はショック受け
家族で出かけた時に、流れてきた音楽に合わせて
いきなり大きな声で歌いだし、恥ずかしくて
その場から走って逃げたこともありました。
それでも、いつかは治るのかなと思っていたそうです。
ですが、テレビ番組で認知症は治らないと知った時は
とても落胆したそうです。
彼自身も中学生の時、起立性調節障害になり
学校を休みがちになり、父と顔を合わせても
どう接して良いかわからず、部屋に閉じこもる
ようになりました。
父親が認知症と診断され5年がたち、最近は徘徊が
多くなり、近所のスーパーで保護されたことも。。
今は父親といることも自然になり、慣れてきたのか
一緒に食事をしていても、ほっとできる
瞬間があるそうです。
彼は5年かかって、父は父なのだと思い
認知症を受け止めたあるいは受け入れたのでしょう。
彼は5年かかって父親の認知症を受け入れられ
ましたが、なかなか親の認知症を受け入れらず
10年15年とかかることもあるでしょう。
家族が若年性認知症になってしまったら
大人でも受け入れるまでに時間がかかります。
それを小学生またはもっと幼い子供が父や母の変化を
受け入れることは大変なことです。
彼が小学5年の時に父(57歳)が前頭側頭認知症と
診断されました。
自分の言った事が通じないことに気づいてからは
父と話さなくなりました。
幼い頃は、良く遊んでくれ保育園の送り迎えも
してくれた。厳しく叱られた時もある。
一緒にゲームで大笑いしたこともある。
そんな父親が
認知症と診断されてから「会社に行きたくない」と
仕事を辞めてしまい
この頃から、少しづつ自分の知る父でないような
気がしてきたそうです。
居間で排泄をしてしまった時はショック受け
家族で出かけた時に、流れてきた音楽に合わせて
いきなり大きな声で歌いだし、恥ずかしくて
その場から走って逃げたこともありました。
それでも、いつかは治るのかなと思っていたそうです。
ですが、テレビ番組で認知症は治らないと知った時は
とても落胆したそうです。
彼自身も中学生の時、起立性調節障害になり
学校を休みがちになり、父と顔を合わせても
どう接して良いかわからず、部屋に閉じこもる
ようになりました。
父親が認知症と診断され5年がたち、最近は徘徊が
多くなり、近所のスーパーで保護されたことも。。
今は父親といることも自然になり、慣れてきたのか
一緒に食事をしていても、ほっとできる
瞬間があるそうです。
彼は5年かかって、父は父なのだと思い
認知症を受け止めたあるいは受け入れたのでしょう。
彼は5年かかって父親の認知症を受け入れられ
ましたが、なかなか親の認知症を受け入れらず
10年15年とかかることもあるでしょう。