身動きのとれない私 2 | ゆず&あずのシャイニングセラピー体験記

ゆず&あずのシャイニングセラピー体験記

『シャイニングセラピー』の名前の不思議な由来や、私たちが実際に体験して どのように変化したのかなど、興味深いエピソードを赤裸々?に語ります。

母の身体の具合は悪くなっていくのですが、

目に見えるほど衰えていくわけではなく静かに病は進行していきました。

でも、そんなことを気にする母ではなく結構楽しく暮らしていました。

よくこんなことを言っていました、 「私は健康体よっニコニコ

何度 『ち・が~う!』と思ったことでしょう。


私は一般的な常識にのっとり、

母の面倒はみなければならないビックリマークと思っていました。

まわりの人々の期待に応えなければならないとも…

皆もやっていることなのだからとも…

私がやらなければ、周りの人がなんて思うだろうとも…

こんなことを言われたこともありました。

「あなたがお母さんにしてあげていることを、あなたの子供たちが見ていて

あなたが年とった時にやってくれるのよ。」

そんなことを言われて

「はい。それじゃあ頑張ります。」という程 打算的な人間じゃないわと憤慨したり…

だからといって 心からやっているわけではないことにも気づいています。

一方では、身体の具合が悪いのだから手伝ってあげたいとも思っています。


病院からの連絡・配食サービスからの連絡・ケアマネージャーからの連絡

全てが私のところへときます。


母からも

あそこへ行きたい・あれをして欲しい音譜・あれを買ってきて・

今度は自分で買い物に行きたい・知りあいのところに遊びにいきたい

連れて行ってラブラブ  全てを頼んできます。


そんなことが10年以上続きました。


近くに住んでいる兄は、月に何度かたずねてくるだけです。

認知症になってきている母を見ても「大丈夫だよ~OK」と呑気に言っています。


そんな態度や毎日のことに疲れきってしまった私は、

これからは兄にすべてをまかせようグー決意しました。

色々な書類の連絡先や責任者を私にしていたのですが、兄に変えてもらうのです。


頭の中でシュミレーションをすると兄は嫌がって拒絶します。

私は、それでも断固『兄に任せるの一点張りね』と決意しますパンチ!


ところが…

以外にも あっけなくも 兄は簡単に「いいよ~チョキ」と応えました。


拍子抜けです。

今までの私、何だったんだろうシラー      



つづく…