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シャイニングセラピー体験記
↓
「私は何のために生まれて来たのだろう」
「私に使命はあるのかしら? あるなら何?」
大昔から何度、こんな事を自分に問いかけで来たでしょうか。
色々と勉強をする中で、これらの答えを探してもみましたが
結局しっくりと来る答えを得ることは出来ませんでした。
時は流れ・・・
シャイニングセラピーの全貌が私たちに明らかにされる中、
まず初めに私たちが『土星テーマと太陽テーマ』に直面せざるを得なくなりました。
初めてお読みになる方、「話しが見えないわ
」と思われた方は、
まず最初に 『シャイニングセラピーとは』 をご覧ください。
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
あずによると、
私の土星テーマは、『依存を断ち切ること』なのだとか・・・ 「ガ~ン」![]()
正直、この言葉だけは人に言われたくありませんでした!
私は、幼い頃から人に依存して生きた記憶はありません。
どこでもリーダーに押し上げられ、私自身は嫌でたまらないのに、
「グズグズ言っていてもカッコ悪いだけだろうなぁ」と、
結局、いつも引き受ける羽目に陥るのでした。
どんな辛いときも悲しいときも、
他人には関係がないのだから迷惑をかけてはいけないと
自分の中で全てを治めるようにも努力して来ました。
そんな私に「あなたの土星テーマは『依存心を断ち切ること
』ですって
」
また昔の私は、依存心の強い人が苦手でした。
「あの人がいないと生きていけない」とか、
「私は弱いから誰かが守ってくれないと・・・」などを聞くと、
何故か、すご~くムカつくのです。
そう・・・ よ~く観察すれば『依存を断ち切れ』のキーワードが見え隠れしていたのですね。
このように誰でも、
真の“土星テーマ”(今世で乗り越えるべきテーマ)を突きつけられると、
最初はまず強く反応してしまいます
そりゃ~そうです!
そんな簡単に乗り越えられないからこそ、一生をかけたテーマに選んで来たのですから![]()
それから余談ですが、
今世、選んだテーマは自分だけに関係しているので、
他の人が同じことをしていたって責める必要はないのです。
その人のテーマではないのですから
生まれる前に自分で乗り越える!と決めてきた“土星テーマ”
だからこそ、無意識の内に『依存心の高い人』に対して腹が立ったり・・・
(「依存はしちゃダメなのにぃ~
」という、微かな記憶の成せる技だったのでしょうか
)
そして自分でも、知らずの内に強くなろうと努力していたのかも知れませんね。
けれど、私は密かにこんなことを思ってもいました。
(どうして私はこんな境遇に生まれちゃったんだろ
)
(みんなはいいな、食べても太らないのに、何故私だけ・・・
)
私は密かに世の中の私以外の全ての人を羨んでました。
ついでにもう1つ告白すると・・・
私は、決して頼らせて貰えない夫と結婚してしまったのです。
ここにもう1つ、「なぜ私はダメなの?![]()
」の想いが加わるのです。
そう、今はっきりと自分に宣言しますが、私は心底 依存したかったのです![]()
長年くすぶり続けていた私の土星テーマ『依存を断ち切ること』
この問題を言葉にして改めて突きつけられる事で、ハッキリと認識することが出来ました。
うすうす感じているだけではダメなのですね。
ところが不思議なことに、
最初、ピキ~っ
と反応していた筈なのに、
そこをしばらく我慢して心を振り返っていると・・・
突然、納得してしまう自分が現れるのです。
それに伴って、心がパ~っと晴れ渡る気分を味わいます。
自分の決めてきた“土星テーマ”を思い出した瞬間です
この時から、納得して乗り越えようとするパワーが出て来ます。
私の場合なら、
「そう、結局今世では頼れないのだから頑張ろう」
今度は前向きに乗り越えたいと思えるようになったのです。
それに納得出来たので、もう他の人にムカつくこともなくなりました(笑)
~土星テーマのまとめ~
1.初めに知らされたときは反応してしまう
2.ムカつく相手の行動の中にヒントあり?
3.自分では結構頑張っているけど、内心では解放されたい?
また、人生は修行ばかりではありません
ムチがあれば飴
も用意されているのですから
その飴
のことを私たちは『太陽テーマ』と呼んでいます。
“土星テーマ”を乗り越えたとき、
乗り越えられたからこそ到達出来る・・・
あなただけの『シャイニングロード
』が用意されているのです。
この件に関しては、また改めて書きますね
土星テーマも太陽テーマも誰にでも必ずあります。
あなたの“土星テーマ”は何でしょう?
もっと詳しく知りたくなった方は是非!こちらへ
シャイニングユーリアHP
私は、里帰り出産をしていません。
だからといって雄々しく
一人で出産したわけではありません。
母が3人の出産のたびに手伝いにきてくれたのです![]()
オーストラリアでの出産だったので、来てくれた時にはとても心強かったのを
思い出します。
来てくれた時は嬉しいのですが…
当然 帰る時は、寂しい …わけではなく
心細くなります![]()
今にも壊れそうな小さい赤ん坊をどう取り扱ってよいのか?
一人でやっていけるのか?
周りは見知らぬ外国の人ばかり…
妊娠8カ月の時にオーストラリアへ行ったので、
出産の時には まだまだ知りあいもいませんでした。
もちろん、我が家の夫は とても協力的で良い父親でした。
でも、母が日本へ帰国する時は、何だか一人ぼっちになるような気がしたのです。
今のうちに色々なことを聞いておこうと思い、こんなことを聞きました。
(もう一生会えない訳ではないのに
悲壮な覚悟です)
「A美が泣いたらどうしたらいい?」
母は、
「おむつが汚れたのでもなく、お腹がすいたり、喉が渇いたりしている訳でもなく、熱があったり、具合が悪かったりするのでもなく、泣いて
いたら…」
「ただ一緒に泣いていればいいのよ
」
と言ったのです。
私は、
「そうかあ
」そうしようっと素直に思いました。
母は、心理学なんて何も知らないはずなのに共感ということを
自然にやっていたのです。
たとえ 言葉をまだ発することの出来ない赤ん坊でも笑えば
一緒に笑い、
泣けば一緒に泣く
相手の気持ちに寄り添うというのはそういうことなのでしょう。
もちろん本当にワーワーは泣きませんでしたが…
抱っこしながらオロオロはしておりました。
「なんだか悲しいねえ。」と言いながら…
すると不思議なことに暫くすると泣きやんだのです。
どんなに小さくても、気持ちを分かってもらうと落ち着くのでしょうか。
親だからって何でも解決できるわけでもないですものね。
わかってもらえれば、満足ということもあるのでしょう。
もちろん、『そんなに呑気にやれないわ
』ということもあるのはわかります。
だけど チョッピリ時間と心に余裕のある時は試してくださいね。
二男が小さい頃、幼稚園に入る前だったでしょうか。
突然、私のことを「あず
」と呼び捨てにしました。
何だか、とても可愛い口調だったのですが…
主人は驚いて「どうして、お母さんのことを呼び捨てにするの?
」と聞きました。
すると、息子は「だって、お父さんも呼び捨てにしてるでしょ
」
と邪気なく答えます。
「そうかあ
」
それから、素直な息子の素直な父親は私のことを「お母さん」と呼ぶようになったのです。
子供って親のやることや、言うことを良く見て真似をするものです。
それからは、息子も「お母さん」と呼ぶようになったのです。
ところで、
私は、子供たちのことを呼ぶ時 名前で呼びます。
Aちゃん・Bちゃん・Cちゃんと…当たり前ですよね。
「お姉ちゃん これを手伝って。」とか「お兄ちゃん 早くしなさい。」とか
そういう呼びかけかたをした記憶がないのです。
だから、
お姉ちゃんなんだからこうしなさいとか、お兄ちゃんなんだからシッカリしなさいとか
思わないし、言わないのです。
お姉ちゃんとか、お兄ちゃんとかそんな人間はいないですよね。
Aちゃん・Bちゃん・Cちゃん それぞれ名前を持った個性のある人間なのですから。
日々のブログで書いたように
兄が弟を泣かせたとしても「お兄ちゃんだから」という理由で
怒ることができないのです。
だって「Bちゃんなんだから我慢しなさい。」という親はいないですよね。
役割で人を判断してはいけません。
御自分もいやですよね。
お母さんという役割で判断されたり、奥さんという役割だけで判断されるのは…
子供も同じでしょう。
それと同じように『子供』というものもいないと思います。
たまたまこの世に出てきて日が浅い人間なだけです。
まだ、沢山勉強していないので表現の仕方がわからないだけです。
親の気持ちも周囲のことも結構理解しているAちゃん・Bちゃん・Cちゃんなのです。
カウンセリングの勉強の中で、
「もしかしたら私、心に傷を負っているんじゃないかしら?」![]()
そんなことに気付いた私は、クラスを教えて下さっていた先生に
カウンセリング(個人セッション)をお願いすることにしたのです。
もう一つ、密かに思っていたことがあります。
将来、カウンセラーになりたいと思っていたので、
それならば、クライエント体験をすることは不可欠だから、
一挙両得?
そんな興味も手伝い、気軽な気持ちで受け始めました。
でも・・・私の心はカチカチに固まった状態です。![]()
いくら信頼している好きな講師でも、そう簡単に心を許せる筈がありません。
長い間、心を閉じている経験のある方なら分かって頂けるでしょうが、
すでに他人は皆、誰も信用できなくなっているのです。
『信じたら絶対に傷ついてしまう
』
それが怖くて、私の中の私を守っている人が言うのです。
「ゆず!カウンセラーだって誰だって、絶対信じちゃダメよ![]()
そんなことしたら、とんでもないことになっちゃうんだから
」
初回のセッションのときに私は先生に宣言しました![]()
「先生!いくら優秀なカウンセラーでも
私の心の一番深い場所へは辿りつけません![]()
私の中には100以上のカギがついていて、
心をがんじがらめにして侵入者を防いでいるんです」![]()
何て嫌なヤツだったんだろう!私ったら![]()
![]()
あ~、今思い出しても顔から火が出そうな程恥ずかしいです![]()
しかし、先生は穏やかな表情で私の顔を見つめながらうなずいています。
そればかりじゃないんです!
私が何を言ったって、全てを受け止めてくれて批判の一つもして来ないのです。
私が涙を流せば先生も一緒に泣いてくれたりもします。
あるとき私が、
「ね、私って変ですよね?自分でもバカだって思って・・・」と笑ったら、
「いいえ、私はそうは思わないわ!
ゆずさんはご自分の辛い体験を重ねる中で、
自分を必死に守ろうとした結果なんだと思うのよ」
「・・・」 私は驚いて言葉が出ませんでした。
今まで日本中の誰からも、(親からでさえ)
こんな風に私の全てを受け入れて貰った経験がないので嬉しいと言うよりも、
心がムズムズして落ち着かないというのが正直なところでした。![]()
私がたとえ、間違ったことを言ったとしても・・・
取り戻せない過去を悔やんで泣き続けても・・・
カウンセラーは、いつも私の心に寄り添っていてくれました。
そして次第に、そこが安心して自分を出せる場所になって行ったのです。
カウンセリングの最初の授業で、この先生から ひとつの心得を習いました。
『人間は元々どんな問題も
自分で解決できる能力を神から与えられている』
たまたま今、悩んでいるために頭の中がグシャグシャになっているから
整理出来なくなっているだけなのだと。
そのグシャグシャに こんがらがった頭の中を
整理するお手伝いをするのがカウンセラーなのだと。
整理されれば、誰でも自分で解決してしまうとも教えられました。
この言葉は今でも私の中に生き続けていて
宝物
になっています。
ホントに厄介だと思うのは心につけるクスリがないという事なんですよね。![]()
人との関わりの中で作られてしまった傷は、
人との関わりの中でしか、癒されないのです。
だから、私たちは徹底的にお客様の味方になりたいのです。![]()
それしか癒される方法がないのを知っているから・・・
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先ほどの、初回時カウンセリングのときに言った
「私の心の100のカギ・・・」どうなったと思いますか?
その次のセッションの時には恥ずかしながら、
ほとんどのカギが開いている状態になっていたのです。(笑)
あの戦闘的な私の覚悟はなんだったのでしょうねぇ![]()
でも、そんなものなんです。
心の回復力・・・自然治癒力を甘く見てはいけませんよ!
キチンと手当をすれば、癒しが訪れれば、
あっという間に元以上の復元力をもたらしてくれるのです。
それが、私たちの
心
というものなんですね。
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あの頃、今もそうですが…
自分の身体は一つだし、一日は24時間しかありません。
だから必然的に物事には優先順位をつけて片付けていきます。
その優先順位には『私』のことは入る余地はありませんでした。
何故なら、
私以外の人は私の手助けがないとキチンとやっていけないからです。
(私ってなに様でしょう?なああんと図々しいんでしょ
)
まあ、その当時はそんな風に思っていませんでしたけれど…
そのころは、私がやらなければやる人はいないのだから、
頑張りましょうと思っていただけです。
でも、自分のことを我慢して続けていくなんてことは、長続きはしません。
しかも、結末や先の見えないことだったら尚さらです。
こんなこといつまで続くんだろう![]()
皆当たり前って思っているんだろうな![]()
誰にだって出来ることだし…
誰もほめてくれやしない![]()
もちろん褒められたくて、やっているわけではありません。
ただ、結構 みなさん 褒めたり、労ったりしてくれていたのです。
「よく頑張っているよね。」
「大変でしょう。」
「そんなに一人でやらなくてもいいのよ。」
「感謝しています。」
「たまには、息抜きをしたほうがいいよ。」等々
そこでスグに返事をしている誰かがいます。
必ず こんな風にささやいてくるのです。
『手抜きしているじゃない。』
『だらだらしてる時もあるよね。』
『全部やっているわけでもないよね。』
『感謝される程のことじゃないわよ。』
『怠けてることを知らないのね。』
そう この誰かは他ならぬ 『私』 だったのです。
だからどんなに褒められたり、労われたりしても、非難されて
終わってしまうのです![]()
自分自身が自分をわかってあげて、認めてあげないと、
決して褒められた気がしないのです。
そう![]()
一番の味方は自分でなければ、一番手厳しいことを平気で言ってくる自分には勝てません。
甘やかすわけではありません。
苦しいことも、辛いことも、ずるいところも、健気なところも
全部わかっている自分を理解してあげましょう。
それができるのがマジカルダイアログです。
魔法の自分との対話![]()
『褒められちゃったねえ。そんなに頑張っている訳でもないんだけどさあ。
でも、考えてごらんよ。
かなりいい線で頑張っていると思うよ。
私はあなたのことが好きだなあ。』
こんな風に言われたら気持ちいいですよね。
心の隅から隅までわかってくれるのです。
そうすれば、自分にも余裕が生まれてくること受け合いです。
誰かがわかってくれるのを待つことなく、一番の味方が自分なんです。
自分に恥じないように、自分が褒めてくれるように生きていけたら
背筋を伸ばして生きていけます。
P.S. 母が亡くなってから3年がたちます。
明るくて、優しくて、たくましくて、いい母だったなあなんて思う
今日この頃です![]()
あっけない程にあっさりと承諾した兄でした![]()
それからは、時々私のところへ連絡やお願い事
(まあ、簡単に言うと面倒な事ですね
)があるぐらいになったのです。
でも、次第に兄の方へとそんなことも移行していきました。
自分が望んだはずなのに…
「冷たい娘だ。」
「たいしたことじゃないのに。」
「人間的にどんなものかしらね。」等々 思われているんじゃないか?
私がやらないと上手くいかないんじゃないかしら?
おかしいのです。
母から手が離れればどんなにスッキリと暮らせるかと想像していたのに
前にも増して頭の中は、母のことでいっぱいになっています。
第一 兄だって面倒なことはイヤだから今まで傍観者のようにふるまっているんだと思っていたし。
息子ではなく、娘の私だからこそ やらなければならないと思われていると思いこんでいました。
そして、ここで一つ気付いたことがありました![]()
今まで 私は、
首輪をつけられて伸び縮み自由のリードで繋がれているんだと思っていました。
どうやら違っていたようです
母に背を向けて駆け足の体勢をしながら、
片手はしっかりと
母の腕を握りしめている私がいたようです。
そう、縛り付けていたのは自分自身だったのです。
…と言われるんじゃないか
…と言っているんじゃないか
…と思われるんじゃないか
…と思っているんじゃないか
すべて想像力豊かな私の想いです。
プラス そこへ私の過保護ママ体質&完璧主義が付け足されるものだから
がんじがらめになってしまうのです。
そんなことが長続きするわけがありません。(結構続きましたけどね。)
結局
他人から見たら、何故急に放り投げたんだろうということになってしまうんですね。
今まで黙ってやってくれていたのに…
わけわからない…![]()
どんなことでも、不満や怒りは小出しにしないと![]()
大爆発が起きてしまうのです。
でも おかげでいい事もありました![]()
すっかり母から手が離れたことで、私はこんなことを思うようになりました。
『お母さんこれ好きだったな。買っていってあげよう。』
『そろそろユリの季節だから持っていこう。』
『今度ここに連れて行ってあげよう。』
『何か私に出来ることはないかな?』
そしてニコニコと母と会うことが出来るようになったのです。
これは私にとっても嬉しいことでした。
だって、優しい自分がいたことを確認できたのですから![]()
そして、もう一つ気付いたのです…
つづく…
母の身体の具合は悪くなっていくのですが、
目に見えるほど衰えていくわけではなく静かに病は進行していきました。
でも、そんなことを気にする母ではなく結構楽しく暮らしていました。
よくこんなことを言っていました、 「私は健康体よっ
」
何度 『ち・が~う!』と思ったことでしょう。
私は一般的な常識にのっとり、
母の面倒はみなければならない
と思っていました。
まわりの人々の期待に応えなければならないとも…
皆もやっていることなのだからとも…
私がやらなければ、周りの人がなんて思うだろうとも…
こんなことを言われたこともありました。
「あなたがお母さんにしてあげていることを、あなたの子供たちが見ていて
あなたが年とった時にやってくれるのよ。」
そんなことを言われて
「はい。それじゃあ頑張ります。」という程 打算的な人間じゃないわと憤慨したり…
だからといって 心からやっているわけではないことにも気づいています。
一方では、身体の具合が悪いのだから手伝ってあげたいとも思っています。
病院からの連絡・配食サービスからの連絡・ケアマネージャーからの連絡
全てが私のところへときます。
母からも
あそこへ行きたい・あれをして欲しい
・あれを買ってきて・
今度は自分で買い物に行きたい・知りあいのところに遊びにいきたい
連れて行って
全てを頼んできます。
そんなことが10年以上続きました。
近くに住んでいる兄は、月に何度かたずねてくるだけです。
認知症になってきている母を見ても「大丈夫だよ~
」と呑気に言っています。
そんな態度や毎日のことに疲れきってしまった私は、
これからは兄にすべてをまかせよう
と決意しました。
色々な書類の連絡先や責任者を私にしていたのですが、兄に変えてもらうのです。
頭の中でシュミレーションをすると兄は嫌がって拒絶します。
私は、それでも断固『兄に任せるの一点張りね』と決意します![]()
ところが…
以外にも あっけなくも 兄は簡単に「いいよ~
」と応えました。
拍子抜けです。
今までの私、何だったんだろう
つづく…
私の母は30余年糖尿病を患っていました。
私が結婚してからジワジワと悪くなり、
時々父から「お母さんが、雑巾みたいに寝込んでいる。見にきてくれ。」
という電話
がかかってくるのです。
酷い言い方だとは思いましたが、実際に見に行くとまさにその通り![]()
そんなわけで、何度救急車
を呼んだことでしょうか。
そして、毎週土曜日に通院するのに、付き添うことになりました。
実家と我が家は電車
で30分くらいの距離。
父のすがるような眼。母の『女の子を産んで良かった。』という言葉。
親戚のおばたちの『ありがとうねえ。』近所の人たちの『頼りになるわあ。』の言葉。
そして、数年後我が家から歩いて2分のマンション
に引っ越してきました。
それからは、毎日夕飯を二人分つくっていき、掃除をしたりと…かなりけなげに動いていました。
引っ越しから3カ月後 父は入院。その3カ月後には亡くなってしまいました。
(自分の身に何かあったら母が独りでは生きていけないと思い、
父は私の家の近くに引っ越してきたようです。)
ひとりボッチになってしまった母を益々放っておけなくなり、毎日母のところに昼飯を作りにいったり、夕飯を持っていたったり、病院に連れていったりと大忙しになってしまいました。
わたしにだって、家庭があります。子供はまだ小学生が3人。
こんな毎日を過ごしていては、私が疲れきってしまいます。
手伝ってくれない近所に住む兄にも腹がたってきます。
頼り切っている母にもイライラがつのります。
そんなわけで、一日おきに行くことにします。
すると…今度は母のことが気になって気になって仕方がないのです。
たった一日会わないだけなのにです。会わない時は必ず夜寝る前に電話がかかってきます。
ここだけの話
「うるさいな!」と思っているのですが、ホットしている私もいるのです。
母の病状は、眼が見えなくなる→腎臓が三分の一しか機能しない→認知症とドンドン酷くなります。
ちょっと長くなってしまいました。
母のことを話したい訳ではないのですが、ここを説明しないと次にいけないので…
続きは、また 次回に![]()
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「科学で証明されたことしか信じない!」
そう豪語していた私ではありましたが、
もっと心の奥底を覗くと、別の想いがあったような気がします。
・・・本当は信じたかったんです!![]()
私にも、そんな特別な力があったらなぁ・・・ でも自分の事は信じられない![]()
だから、私に有無を言わせない程、「まいった!」と私に言わせられる程の
完璧なミラクルを期待していたのです。
「ふふ」
いったい私って何様なんでしょ
(汗)
結論から言えば、
そんな他人から得られるミラクルなんてありませんでした![]()
どんなに母や祖母が不思議な力を見せてくれても、
私の身の上に、普通ではあり得ないような出来事が起きても、
信じるか否かは、私自身の決断にかかっているだけでした。![]()
スピリチュアル的な不思議な出来事・・・![]()
首をかけてもいいですが(ちょっと大げさですけれど)![]()
これは本当に誰の上にも必ず起きている筈です。
「ない×」と言う方は、気づいていないか、
私のように認めていないだけなんだと思います。
私たちのシャイニングセラピーの4つの柱(カテゴリー)の中に
『スピリチュアル』があります。
でも、それは霊能者を作ろうという趣旨ではありません。
霊性開花させて その能力を生業にするためでも、
メッセージを取り次ぐ人になるためでもありません。
自分の人生を切り開く上で、ともすると迷うときがあります。
そんな時、誰もが持っているスピリチュアル能力(潜在能力)・・・
すなわち直観力(ピ~ンとくる勘ですね)を養い、![]()
必要なときに自らを助けられるようにするためなのです。
考えてもみて下さい。
今からわずか○十年前には皆、霊能力者だったんですよ。
あなたが生まれる前にいた場所、中間性(天国)と呼ばれる場所では
当たり前に備わっている能力でした。
でも、地球という星は波動の重い所です。
私たちは肉体の中に魂を閉じ込めたからでしょうか?
スピリチュアル能力を自由自在に使うことが難しくなってしまったのです。
でも必要なときには、自分が強く欲すれば発動出来る力でもあるのです。
この世で成功した人の話を聞くと、
決まって、『不思議なことに』『偶然に』『たまたま』『何となくそう思って』など、
“勘” と呼ばれるような力が味方してくれていますよね。![]()
元来、備わっている筈の能力。
自分にはないと思い込んでいたり、否定していたために錆びついてしまった
直観力をトレーニングすることで、
必要なときに使えるようにするのです。それがシャイニングでもあります。![]()
さて、私はどのように変化したのでしょうか?
結局、自分が感じていることを信じることにしたのです。
「私はダメだ」とか「きっと違うんじゃないか」とか、グチャグチャ言わずに、
女らしく?腹をくくって信じることにしたのです。
そうすると、昔の不思議体験を思い出すようになって来ました。![]()
それから、もっと色々なビジョンも分かるようになって来たのです。
ただ、スピリチュアルな事は微妙な難しさもあります。
何でも信じすぎて突っ走ってしまうと、
危うさが待ち受けていることも否定できません。
ですから、常に冷静に・・・ 信じつつも、ちょっと疑いながら?
常にバランスを大事に進んで行くことが大切なのだと思っています。![]()
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もっと、シャイニングセラピーについて
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