参拝日 2026年4月16日(木)

 

壇上伽藍を参拝したあと、金剛峰寺に向かいました。

 

入口は桜が満開でした。一番よい時期に行けたと思います。

 

 

立派なお堂です。

 

 

南無大師遍照金剛🙏

 

 

お堂の内部は撮影禁止と思い、一切写真を撮りませんでした。

 

しかし、帰ってきてからパンフレットを見ると「襖絵撮影禁止」と書かれていました。

 

庭園の写真だけでも撮っておけばよかったと思っています。😫

 

 

 

拝観順の最後に、2020年に奉納された千住博氏の襖絵:断崖図を見ることができました。

 

迫力のある絵で写真に撮っておきたかったくらいです。

 

 

去年5月に名古屋で「千住家の軌跡」といった千住真理子さんのコンサートがあり、明氏の作った曲を真理子さんが伴奏し、明氏の絵がプロジェクタで映し出されました。兄の博氏・明氏を交えたトークショーも一緒に行われました。

 

その時のことを思い出しました。

 

 

 

さて、最後に奥之院です。

 

東の方に向かって歩いて行くと入口にたどり着きます。

 

 

 

法然

 

 

戦国武将の供養塔がたくさんあることは知っていましたが、一番最初に目についたのは法然の供養塔でした。

 

 

法然は長い間、比叡山で修行・勉学に励んでいたことで有名ですが、高野山に供養塔があるのには驚きました。

 

ネットで調べると、高野山で籠った時期があるなどの説が書かれています。

 

 

豊臣秀吉

 

 

 

 

織田信長

 

 

 

 

御廟橋

 

 

 

この奥に弘法大師の御廟である燈籠堂があり、終点になります。この先は私語も写真撮影も禁止とされています。

 

 

折り返して別の道を通ります。

 

 

明智光秀

 

 

 

 

石田三成

 

 

 

 

伊達政宗

 

 

 

 

武田信玄・勝頼

 

 

 

奥之院の供養塔は戦国武将のものだけでなく、たくさんあります。

 

なぜ宗派を問わず供養塔がたくさん建てられるのか、ネットで調べてみました。

 

どうやら弥勒菩薩の下生が関係しているようです。

 

仏滅後56億7千万年ごに弥勒菩薩がこの世界にあらわれて衆生を救うとされていますが、そのあらわれる場所が3つあり、その一つがこの奥の院だそうです。

 

弥勒菩薩が現れるのを待っているようです。

 

 

奥之院を後にして、車の駐車してある大門までバスで戻ろうとしましたが、バスの本数が少なく、結局歩いて駐車場まで戻りました。

 

つまり、高野山の端から端まで往復で10kmくらいあるでしょうか、歩いてしまいました。

 

 

 

 

これで伊勢 ⇒ 熊野 ⇒ 高野山のブログは終了です。

 

 

<余談>

 

パソコンでブログを書いていて、インタネットで調べ物をしていると、時々「・・セキュリティ上の理由でブロックされています。」と表示され、マイクロソフトのサポートに電話するよう誘導されます。

 

明らかな詐欺で、タスクマネージャを起動してブラウザを停止しなければなりません。書きかけのブログが消えてしまいます。

 

やめてほしいものですなあ。ある程度ブログを書いたら途中保存しないといけませんなあ😣。

 

 

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。