何かの本に不倫する女の子がバランスをとるためには独身の彼氏も作っておいたほうが比較的精神的に安定する、というようなことが書いてあった。

モラルなんて関係ない、実際その通りだと思う。

赤ちゃんが産まれて、帰国したあなたを空港まで出迎えに行ったとき、もう引き際が近いことを悟った。到着ターミナルから出てくる一週間ぶりに会うあなたは父の顔になっていたから…。



バランスをとるため。
後にも先にもこれ以外の理由なんてない。わたしは日本人ではないレストランで働く若い男に自分から番号を渡して声をかけた。彼を選んだ理由はただ一つ、「英語がしゃべれる」ということだけだった。
何日も彼のいるお店に通い、彼からしたらわたしは外人だからすぐ覚えてもらった。女が声をかけるんだもん、「軽い」と思われても仕方ない。彼との初デートは散々で、ろくに言葉も通じない外国人に異国の地でホテルに連れ込まれそうになるという大失態。
「そんなつもりなわけないでしょ!」「そんなつもりだと思ってたよ、ごめん」の繰り返し。

出だしは悪かったけど、その後の彼の改心でいろいろとちゃんとやり取りをするようになった。
外国人とは日本人より数十倍マメなもので、いつなんどきでもどこにいるとか何をしてるとかをメールで報告しあう。

当時のわたしにとっては、家庭に引っ張られ、『パパ』になっていくあなたを感じるのが辛くて、このままじゃいけない、離れなくちゃ、離れなくちゃ、、、っていう気持ちが強かったからすごく助けてもらった。今でもよく彼に「いろんなことを君には感謝してるよ」と伝えると「???」ってなってるけどw





久しぶりにあなたの部屋での蜜と崖の背中合わせの時間。
離れようとしたって離れることなんてできない…繋がりながらやっぱり思い知らされる。
そんな最中にも容赦なく独身の彼からの連絡。鳴りっぱなしの携帯電話を何度か無視した後、それでもしつこく鳴り止まないので、裸のまま電話をとるわたし。

「いまどこ?」その問いに「うん、大学の近くの友達の部屋だよ。」と答えると、「近所にいるから車で拾いに行くし、一緒に帰ろう」の爆弾。
慌てて服を着て、乱れた髪をなおし、リップを塗る。

これじゃあまるで男女が逆だけど、そんなわたしをにこやかに見送るあなたがわたしは憎かった…。
止める権利がないことを大人のあなたはよくわかっていた。
セックスを重ねることはできない、だからわたしは独身の彼とは寝ていない、けれど彼と交際することは許してほしい、わたしはそうあなたに告げていた。

止めるはずもない、ひょっとしたらセックスだってしてるかも?くらい思われていたかもしれない。
でもね、本当に本当にあなただけだった。





そんなふうに慌しく下に下りると迎えにきていた車はなんとパトカーで。
「これ、うちの車」なんてのんきに言う彼。どうやら父親が警察官らしいんだけど…それにしても公用車を私用で使ってるあたりがこの国っぽい…。

何かの歌詞みたい、わたしは後ろ頭に痛いほどの視線を感じながらパトカーに乗り込んであなたの寮の部屋を後にした…。
ふたりにとって決して無視できないこと。決して避けて通れないこと。


ーそれはあなたの奥さんの出産。



予定日は3月中旬。出会ってからのこの4ヶ月と少しの間、ずっと覚悟してきたことだけど、その日が迫るにつれてわたしの心は不安定になっていった。

それを必死で、表に出すまい、他の人たちが世間で行っているようなドロドロした不倫にはしたくない、その気持ちが強かったせいか、あなたが時々発するわたしへの不用意な発言で何度か傷ついたりもした。
その傷はわたしでも予想のできないもので、ひどくわたしを混乱させた。

こういう話はわたしが聞く話じゃないよね?って、突然機嫌が悪くなったりして、泣いたりして、あなたも混乱させてしまったと思う。
わかってはいるけど・・・でもどうしてもダメなときがあった。





覚悟して、覚悟して、覚悟して。
あなたもわたしの傷口に触れないように、触れないように。

どうしてそうまでして、あなたをやめることができないのか・・・。

わたしにとってあなたは、兄のような男だったんだよね。
兄弟姉妹のいないわたしにとっては、この国に住んでからのいろいろな問題を冷静に判断して、相談にのってくれて、すべてを受け止めてくれる存在だった。
何かあるたびに一喜一憂するわたしは、自分自身の起伏にすごく疲れてしまう。そんなわたしのことを「その感受性の豊かさが君の長所なんだよ」「そのままの君でいいんだよ」ってずっとずっと傍で言ってくれた。

そんなふうに言ってくれる人、初めてだったから・・・。







3月13日の夕方。
ついにその日がきたー。


「奥さん、産気づいたから帰国します」っていうメールと、いってきますの電話をくれてあなたは帰国。
わたしはできる限りの総動員でそれを紛らわすために友達たちと遊んだりしてたっけ・・・。

こっちへ戻ってきたのはそれから一週間後のことだった。
初産だったけど安産だったようで、あなたが帰ったころにはもう産まれてたって。お誕生日は3月14日。

空港で大勢の人の中からあなたを見つけて駆け寄るわたし。
わかっていたけど・・・お互い複雑な表情。

わたしはあなたを読もうとする。
あなたはわたしに読まれまいとする。

そう、あなたは父親の顔になっていた。
敏感なわたしはすぐにそれを悟る。

迎えたわたしは、ベビー用アルバムをプレゼントして、あなたの部屋で赤ちゃんの写真を見せてもらった。
迷ったけど・・・これはどうしても受け入れなくちゃいけない現実だったんだよ。
「見たい」っていうわたしの強い言葉に負けて見せてくれた、赤ちゃんの写真。

すごくすごくカワイイの。

あなたの赤ちゃんっていうだけで、無条件に・・・。それはそれは、もう涙が出そうなくらいにかわいらしい男の子。
二人でその写真を見つめることで、二人の間の現実を認識する・・・そんな悲しい瞬間なのに目の前に映るのは、希望と光の中の赤ちゃんで・・・。

涙を堪えながら思った、父親を奪うわけにはいかない、この子を傷つけてはいけないって。







それは今でもそう。
会うたびに必ず、ケイタイに保存してある息子さんの動画を見せてもらったり、できるだけその子がどんな言葉をお話するようになったかとか、どんなものが好きか、幼稚園でどんなふうに過ごしているか、なんて話を聞くようにしてる。

離れられない・・・。
大きな壁を越えて、その後のセックスは麻薬のような途切れない快楽が待ってるから・・・。

クリスマス休暇から戻ったあなたと2004年を一緒に迎えることができたわたし。
相変わらずの忙しいあなたとは正反対にあなたより半年早い2月の卒業を控えて冬休みを就職活動にあてていた。

まともに自己PRや職歴を書いたことがないわたしを、あなたは夜中まで付き合って添削したりして手伝ってくれていた。
内定の通知をもらったのは2月18日。
ビザが切れてしまうわたしは、この日に日本に一時帰国することになっていた。




空港へ向かう高速バスの待合室であなたにメールで内定をもらった報告をするとすぐに返信が来た。
「やったね~!!」
目を閉じれば・・・今でもすぐそこに浮かぶあなたのかわいい笑顔。

すると「会社にいるからちょっとだけ顔出して見送りに行くよ」って・・・!
冬休みで偶然出勤していたあなたは、バス乗り場まで来てくれたんだよ・・・。



一分一秒でも早く会いたい、、はやる気持ちで立ったり座ったり・・・。
数分後、むこうの方から小走りで来るあなたが見える。




「よかったじゃーん!オメデトー!」

そう言って、公衆の場であなたはわたしを抱きしめてくれた。




こんなところがやっぱり海外だからだろう。
私にある不倫の実感が30%だとしたら、あなたが感じている実感は5%にすぎない。こんなふうに抱きしめられている瞬間ですら少しだけ悲しい気持ちが胸をかすめる。
でもだから、こんなことが普通の恋愛よりも何倍も、何百倍も嬉しく感じられる。




出発するバスを何本見送っただろう・・・。
わたしたちは離れられずに時間ギリギリまでその場で過ごした。

いつもわたしが取り残されていて、あなたが日本に帰っていたね。今回は初めての逆。そして、最後の逆。
空港までは約1時間。ボーディングの二時間前になってやっとバスに乗り込んだ。

「戻ったらすぐに連絡するね。」
「うん、久しぶりの日本、楽しんでおいで!仕事も決まって、心配ごともないし、すっきりで本当によかったじゃん!」
「ほんとうに、おかげさまで・・・ありがとう!」

私は最高の笑顔であなたに答えてバスに乗った。発車してだんだんと小さく遠のいていくだろうあなたを、決して振り返らないと、わたしは心に決めていた。