か細く燃えるわたしのこころとは反対に、外の空気はしんと冷たくなっていた。
もう12月だった。

会社の派遣留学できているあなたは、とりあえず勉強優先。試験を受けてちゃんと点を取らなくてはいけなかったし、レポートも提出しなくてはいけない。会社の飲み会にも顔を出し、大学時代から続けているテニスをこちらでも始めて、忙しい様子。

わたしは一体何番目だろう・・・?当時はよくこんなことを考えた。
奥さんの次の、お腹の赤ちゃんの次の、勉強の次の、会社の次の、テニスの次の・・・わたし。
「わたしとシゴトとどっちが大事?」なんてヤボな質問、誰にもしたことないし、そんなことを口に出すほど馬鹿な女ではないけれど、心ではいつも思ってた。
そして、それだけ忙しくてもわたしにちゃんと時間を作ってくれるあなたが大好きで憎かった。
わたしの希望を断るときですら、物腰やわらかに角を立てずに慰め、なだめ、丸く納める人。


何番目だろう?なんて問いに自分自身で答えが出るわけもなく、あなたに伝えられるわたしの希望は、あなたが思うよりも何倍も頑張って、何度も頭で唱えて、やっとやっと口に出してるんだよ。




クリスマス―   ・・・一緒に過ごせる?



恋人たちの季節。この国でもそれは同じだった。学校はクリスマス休暇で4連休ほどの休みがあった。
『クリスマスは帰国するかもしれない』の”かも”が現実にそうなることを知ったのは12月に入ってすぐだった。妊婦の奥さんがいるのだ、ちょっとの休暇でも帰って当たり前だろう。事情を知っているわずかな親友たちはそういってわたしを励まし、前倒しクリスマスをイベントにするようにあなたに仕向けてくれた。

だってね、一年の留学期間で日本に完全帰国してしまうあなたを全力で愛してるわたしにとっては、すべてにおいて「また来年ね」なんて起こるはずもなく、常に『これが最初で最後』が頭につく。




最初で最後のクリスマス―




イブの一週間前にわたしたちは買い物に出かけた。
買ってもらったのはフォリフォリのシルバーリング。・・・指は、中指に。自分自身が他の誰かと結婚するときにでも、わたしはあなたのもの・・・この指輪を中指につけて結婚式をするんだよ、って精一杯の笑顔。

ちょっと高いレストランで、あなたと過ごす一週間早めの最初で最後のクリスマス。

今も中指に光るシルバー。他の人からもらったカルティエは海に投げ捨てたのに、やっぱりこれだけはなんど握り締めて投げつけようとこぶしを振り上げても、その想いを離すことができなかった。
1度きりで終わると思った?
わたしが割り切れると思った?

あなたには計算違いだったかもしれない。

1度きりで終われると思ったんだよ。
割り切れると思ってたんだよ。

わたしにとってもそれは想定外の気持ちの変化だったの。



女の子はみんな、セックスしてしまったら最後、どうしても気持ちが入ってしまって、そっから好きになっちゃったり、気になったりするって、その通りだと思う。
それ以上・・・こんなにカラダがぴったり合う人なんて想定外。
後にも先にもあなた以上の人は現れないって、今も思ってる。話なんて何時間しても尽きなくて、セックスもこんなにピッタリで・・・どうして結婚してるんだろうって何度も何度も考えた。

回を重ねるごとに募る想い。あなたが離婚する気なんて無いことももちろんわかっていたけれど、あなたがだんだんとわたしを愛しいと想い始めていることもよくわかった。

ほぼ毎週末、友達の部屋での飲み会のあと、時間をずらしてその部屋を出る。
わたしはあなたの寮の部屋までの道のりを、今から二人の時間を過ごす喜びと、あと何回、いつまでこうしていられるんだろうという不安を抱えながら歩いた。

入り口の門衛さんの間ではもうすっかり有名だった。
わたしが入ると「204号室だろ!替わりに記入しといてやるよ!」なんて顔パスだった。
「204のあいつは結婚してるしヨメは日本で妊娠中なんだぞ!」ってニヤニヤ言われたこともあったっけ・・・。




そんなことは知ってるの。
けれど海外にいたせいか、何もそんな実感なんて沸かなかった。
あなた自身もそうだったんだと思う。下は18歳の高校を卒業したての子たちと同じクラスで語学を学んでいる。そんな環境で家庭人でいろっていうほうが30歳の男にとっては無理だと思う。
赤ちゃんなんて、産まれて目の前に出されない限り父性なんて沸かないでしょ、男は。

不倫が誰かを傷つけるなんて、頭ではわかっていても実感ゼロ。
「もうすぐ奥さんとチャット終わるから、もうそろそろそっち出てきていいよ」なんて・・・あなたはどうやって頭を切り替えていたんだろう?
妊娠中の奥さんとのビデオチャットを終えた五分後にノックされるドア。
どんな気持ちでわたしを見てた?

辛いというより、不思議な気持ちでいっぱいだった。



結婚していないあなたに出会っていたとしたら・・・わたしはこんなふうに恋をしただろうか?興味を持っただろうか?
それはわからない。

わたしが出会ったのは、もうすでに結婚していたあなたで、それまでの生活や経験がその姿のあなたを形成したんだから。

だからね、離婚してほしいなんて望まない。

離婚したって、わたしは両親から勘当されて、あなたは社会的な信用も失って、産まれてくる赤ちゃんは父親を失って。
いろんなものを失ってまで、手にいられるもの(しかも保証もない)がわたしだけなんて。
そんなリスクは背負えない。あなたがそんな愚かな男じゃないことはわかってる。
たとえ奪ったとしても、奪ったものがいつまた奪われるか怯えながらなんて暮らせない。わたしはそんなに強くない。
ましてやあなたにあなたの子どもを捨ててほしくない。そんな人でいてほしくない。

あなたのこと、今までも今もこれから先もずっと大好きだけど、そうまでして奪おうとしないわたしはやっぱり情熱不足なのか本当はそこまで本気じゃないのか・・・。
それすら自分でよくわからない。
ただ、わたしは・・・もしもあなたの赤ちゃんをこのお腹に宿しても、あなたに黙って産み育てるか・・・もしくは妊娠したことすら告げずに堕胎を選ぶ・・・それくらいの覚悟はいつでも持ってるって・・・知るだけじゃなく、わかってほしい、それだけが私の欲だと言っても過言ではないくらい、あなたの前のわたしは無償の愛でいられるんだ。
日本に妊娠五ヶ月の奥さんを残してきていたあなた。
会社からの派遣語学留学だから仕方なかったそうだ。だから、一年の期間中は会社から原則として帰国が禁止されているにも関わらず、長期の休暇には秘密で日本に帰国してしまっていた。

10月に入ってすぐ、一週間ほどの連休があり、そのときも例外なくあなたは日本。
わたしは日本でわたしのことを想い出してもらうためにお土産を頼んでいた。そんなにストレスになるものでなく、買いやすいもの・・・コンビニで売っているようなスナック菓子だった。



あなたが帰ってきたとき、わたしは友達の家で「進むか止まるか」について盛り上がっていた。
数日後、夜9時。相変わらず毎日やりとりしているメール。
友達と食事を済ませたわたしは、あなたの家に頼んでいたお菓子を取りにいくことにした。

はじめて行くあなたの部屋。
学生寮なので入り口では受付で名前を書かされた。206号室の欄に自分の名前と入室時間を書く。

あなたはベッドに、わたしはひとつしかない椅子に座っていた。
日本の様子を聞いたり、その間にこっちで起こったことを話したり、もうとにかくあなたとの話題はいつだって尽きない。
買ってきてもらったお菓子を食べながら、出てきた飲み物はウーロン茶。
シラフ・・・なんだ・・・?今日はナイかな?なんて心の中ではそんなことを考えながら、気がついたら時間はもう1時を回っていた。

わたしの親からの電話で我に返る二人。
楽しいと時間が過ぎるのなんてあっという間。



「いつまで外で遊んでるの!もう帰ってこなくていいから!内鍵閉めるからね!!!!」と電話口の母に怒鳴られ、どうしよう?という顔であなたを見ると、思いもかけない言葉が返ってきた。
大人で既婚者のあなたはきっと「今すぐ帰れば大丈夫だよ。」って送ってくれるんだとばかり思っていたのに・・・。


「じゃあ・・・寝てく・・・?」


意外な台詞だった。
それでもバカなわたしはシラフだし、ナイだろうなって思いながらもやっぱり心のどこかでこうなることは期待もしていたし、予想もしていた。

電気を消して二人であなたのベッドに入った後もヒソヒソ話をしたり、時折おとずれる沈黙にドキドキしたり・・・。あなたの息がわたしのおでこのあたりにふわっとあたっていた。
わたしが上を向けば・・・


シラフだから酔った勢いじゃない。
その瞬間、わたしはあなたとこうなることについて思ってた。”既婚者とも経験のうち”
あなたはきっとこう思ってた。”きっとこの子は割り切ってくれる”




あなたの腕にぎゅっと力が入った。
「やっぱり、ガマンなんて出来ない・・・」
あなたのその言葉で上を向いたわたし。同時にふさがれるくちびる。

2003年10月16日の夜だった。