長編小説『遠山響子と胡乱の妖妖』6-1 | るこノ巣

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隙間の創作集団、ルナティカ商會のブログでございます。

皆様今晩は、榊真琴でございます。
今回から、ようやっと最終章です。あとはもう、割と暢気なお祭り騒ぎですので、笑って見て頂ければ何よりですヾ(@^▽^@)ノ

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇それでは本編どうぞ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


六 そして夏祭り。楽しまなきゃね


「祭りってのは、始まるまでが矢鱈盛り上がるのよね」
 ぼやくように言う鈴原さんだけど、物凄く楽しそうな顔をしている。
「始まったらもう、後は疲れるだけなんだけどなあ」
 日曜夕方のお父さんみたいな発言のティルカだが、その満面の笑みでは説得力が欠片も感じられない。
 今日は待ちに待った夏祭り。あたしは初参加だから、よく分かんないんだけどね。町内会とかの夏祭りも、殆ど行った記憶がないから。
 今日はみんな揃って浴衣姿だ。あたし含めてこの間河原町に行った面面はその時のもの、室井さんは淡いピンクに朝顔みたいな花の柄、ティルカは丈の短い……ああ、訂正だわ、こりゃあ甚兵衛だ。浴衣じゃない。ティルカは走り回るから浴衣だと直ぐ汚すのだ、と杏ちゃんが呆れ顔で教えてくれた。法被を着ると言ってた吉田さんは濃紺で蜻蛉柄。現地で着替えることにしたそうだ。
 そうそう、矢っ張り髪の長い人は良いなあ。室井さんにしても鈴原さんにしても、綺麗な簪付けてアップに纏めていて、凄く様になってる。あたしは、いつものヘアピンを少し派手目なものに変えただけだ。杏ちゃんが何か髪型を作ると言ってくれたんだけど照れ臭くって辞退したんだよね。やって貰えば良かった気分半分と、あたしが目立っても仕様がないのでいいや気分半分。
「では、小学校まで歩くか」
『さんせー』
 ガッツポーズで答えるロジー・鈴原さん・ティルカ。室井さんは声だけ参加。吉田さんは頷くだけだ。あたしも、取り敢えず頷くだけ。
 玄関に一応鍵をかけて、みんなで揃って通りを漫(そぞ)ろ歩く。

 あれから、藤原不動産の従業員達は──今回の放火に参加した倉田会の三人も含めて──そのまま、警察に連行された。あの日の昼過ぎに、伊達通男の名義で内部告発文書が送られてきたのだそうだ。文書の内容は、ロジーが藤原不動産本社でコピーした書類や写真などがそのままごっそり。但し、当の伊達本人は、内部告発を断固否定しているらしい。あの祭りの時、唯一姿を見なかった彼は、本社の駐車場奥で伸びているところを、任意同行を求める為にやってきた警官に発見されたそうだ。
 今回、あたし達の【胡乱】は焼かれることなく終わったのだが、未遂とはいえ事が事なので全員がこってり絞られるだろうと佐伯さんが教えてくれた。過去の余罪についても、無論調べるそうだ。
 尚、マスコミは今回の件を面白可笑しく取り沙汰し、彼等を《住人に説教されて失禁した悪質不動産屋》と称し、大いに酷く賑わわせた。【胡乱】にも何度も取材が来たが、吉田さんやロジーが体よく追っ払った。どうやったかは、あたしは知らない。全く揉めずにお帰り頂けた辺り、何かやったのかも知れないけど。
 で、参加した妖達だけど、当初は三日間くらい祝勝会みたいなことをする気でもいたんだそうだけど夏祭りがあるからって自粛して、夜明けまでそれなりに飲み食いしたら三三五五と帰って行った。しかも、片付けも各自がやってくれたのであたしとしては大いに助かった。
 また、大掛かりで長時間な力を使った叶ちゃんだが、思いの外疲れなかったそうだ。だから、終わった後は他の面子と一緒に確乎り酒を呑んでた。良かったわよホントに。
 ともあれ、目出度く騒動は終結し、今日こうして夏祭りに参加出来ることになったのだから、細かいことは気にしない方がいいのだろう。

「うわああ」
 思わず簡単が口から零れた。
 壮観だわ、こりゃあ。
 小学校のグラウンドは、吃驚するほど明るかった。
 先ず中央の櫓。何よりも目立つ。紅白の幕が張られ、やけに煌びやかな屋根も付いてる。ああ、太鼓も見えるなあ。
 その櫓から、四方八方に電飾が並び、ぐるりと校庭外周に居並ぶ露店に続いている。
 露店もどれも、大いに賑わっている。風船吊り、亀吊り、射的、輪投げ……うーん、絵に描いたようなお祭りの風景だ。
 言うまでもないかも知れないけど、客も露天商もみんな、人じゃない。けど、やることは人でも妖でも一緒ね。
「やあ杏様、皆さんもお揃いで」
 あたし達に気付いた亀吊り屋のおじさんが、とても楽しそうに声をかけてきた。この人は、犬かなあ。耳の感じからして。
「よう、元気しておるか」
「お陰様で、この通りピンピンでさあ。それより、凄かったですねえ、この間の祭りも」
 この人も参加してたんだ……ごめん記憶にないや。それはそうと、二人が話してる間に、周りの人達がどんどん集ってきた。
「あっ、アンタがトーコだね」
「すげー、本物だ」
 あう、あたしにまで注目が……
「ココに来てるみんながみんな、あの祭りに参加した訳じゃあないからね。中には初トーコな奴もいる訳よ」
「解説ありがとう鈴原さん。出来れば腕放してくれるともっと有り難い」
「だめー」
 人の腕をがっしり抱えておいて、無邪気な笑みを浮かべる鈴原さん。コノヤロウ……
「トーコ姉ちゃん、綿飴行こう綿飴!」
「わたしは、風船吊り……」
 ティルカと室井さんからの催促攻撃。あたし、何故かみんなの財布預かってんだよね。放し飼いにしておくと面倒だからな──とか、杏ちゃんが言うものだから。けど、幾らかずつなら渡しても良いんじゃないか?
「はいはい分かった。分かったから引っ張らないで順番よ」
 周りがやいやい言ってくる中、あたしはそれでも努めて冷静に答えた。
 と、不意に杏ちゃんが目の前まで浮き上がってくる。此処は【胡乱】ではないのだぞ、とニヤリと笑う。
「ん?」
「存分に楽しんでくると良いトーコ。折角の祭りじゃ」
「え、うん」
 杏ちゃんに肩を叩かれ、ほぼ同時にティルカ達に引っ張られて、あたしは露店の群れを突き進んでいくことになった。話聞かせろー、戻ってこーい、とか妖達の声を背中に受けながら。

「あれ? ロジーと吉田さんは?」
 四人で綿飴を食べながら、漸くあたしは気付いた。祭りで早くもボケたかな。
「ロジーなら、会場に入って直ぐに射的に行ったよ。狙い撃ちですよー、とか叫んで。吉田のじーちゃんはあっち」
 ティルカはそう言って、櫓を指差した。そういや、ロジーのだけは預かってなかったな財布。まあ、預かるだけ無駄だし。
「まだ時間はあると思うけどさ、段取りとか何かあるからあっちに行ったんだ。じーちゃん、太鼓叩くからね」
「へええ、そりゃあ一寸、見てみたいわ」
「オレも踊るんだぜ」
 聞き覚えのある声が飛び込んできた。
 背中と尻尾がめらめらと燃えている、それでいて毛並みはすっげーふわふわの、
「カーくん、今晩は」
 昨日タッグを組んだ火鼠だ。彼も来てたのか……あれ、カーくん以外がずっこけた。室井さんまでずっこけるのは珍しいわ……
「ようトーコ。可愛い浴衣だな」
「ありがと。でも、踊るって何を?」
 カーくんも気にしないようだから、あたしも気にせず話し始める。
「そりゃあ勿論、祭り用の舞だよ。格好いいんだぜ、絶対見てくれよ」
「それは楽しみだわ。頑張ってね」
「おう。あ、それ一口食ってみていいか?」
 綿飴、食ったことないのかしら。興味津津顔だ。どうぞ、と差し出してみると、思いっきり顔突っ込んだ。暫し沈黙……綿飴が燃えてるみたいに見えて、おもしれえ……
「ぶふっ……なんか、霞みたいだな。吃驚したぜ。美味かったけど」
 綿飴から顔を引っ込めたカーくんは、一寸面食らったような顔で感想を零した。矢っ張り初体験か。
 じゃあ、また後でな──そう言って、カーくんはひゅいっと飛び去っていった。
「えっと……トーコ姉ちゃん……」
 物凄い引き攣ったような笑みでティルカ。ああ、みんなちゃんと起き上がってたか。
「カーくんって、あの火鼠に付けたの?」
「そうよ、呼びやすいもの。あの祭りの時に付けたのよ」
「あはは、トーコらしいわ」
「火鼠って、けっこう気性が荒いんだよね。流石トーコちゃん」
 褒めてくれてるのかも知れんが、何かみんな、一寸呆れ気味じゃないか? ま、いーけど。