中学受験 勘違い親シリーズ
「中学受験では自走しないと、指示待ち人間になる」──ぶっぶー、残念です中学受験に取り組む親の中には、「小学生のうちから自分で勉強しないと、将来は指示待ち人間になる」と本気で考えている人がいます。しかし、これはかなり極端な考え方です。人の成長ってものが加味されていない。結論から言えば、本人が成長すれば、やるときは勝手にやり始めます。子どもは掃除機ではありません。小学生の段階で「自走」を過度に求めるのは、時期尚早です。もし小学生が自然発生的に自分から勉強を始めるのであれば、全国の学校に立っている二宮尊徳像なんていらねえよ、って話になります。冗談はともかく、成長段階に応じて、・管理されて動く時期・伴走が必要な時期・本人が主導権を持つ時期があるだけの話です。そもそも、子どもの成長ってのは「今、自走していない=将来ダメになる」なんて単純なものではないです。冷静に考えればわかりますが、成長とともに人間は変化していきます。「問題文はすべて日本語で書いてある。だから国語が一番大事」──ぶっぶー、残念です次によくあるのが、この理屈です。教材も試験問題も日本語で書いてある。だから国語が大事。だから本をたくさん読ませるべきだ。一見もっともらしいですが、これもズレています。国語の読解力と、試験問題を読む力は別物です。ここを混同している親や教育関係者が、驚くほど多い。受験で本当に必要な読解力は、いわゆる国語の読解力ではありません。新井紀子氏が提唱している「シン読解力」です。これは、・設問の条件を正確に把握する・不要な情報を切り捨てる・問いが何を要求しているかを形式的に理解する能力です。(ただし、新井先生の著作によれば、スキルって話なので、自分で身に付けられるらしい。)ともかく、小説をたくさん読むことと、算数や理科の設問を正確に処理できることは、直結しません。「本を読ませていれば何とかなる」という期待は、受験に関して言えば、かなり危うい発想です。「受験では全勝するのが理想」──ぶっぶー、残念です受験は、勝つこともあれば、落ちることもあります。これは現実です。中学受験を全勝で突破することが理想だと考える親もいますが、私はそうは思いません。むしろ、どこかで一度落ちた経験がある方が安全だと思っています。なぜなら、6年後の大学受験は甘くないからです。そして、大学受験での不合格は、想像以上に引きずります。小学生の失敗は実はそれほど響きません。(もちろん、試験直後はガックシですが、結構立ち直りは早いです。)しかし、高校生の失敗は自己否定に直結しやすい。しかも多感なので引きずりまくる子が多い。だからこそ、「受験には落ちることもある」「努力してもダメなことはある」という事実を、早めに知っておくことには意味があります。ただし、実はわたしが「最難関、全勝」ってblogやSNSで自慢しまくる親が嫌いなだけだってはなしかもしれませんが。(笑)