代わる代わる運転しながら
車を走らせて約18時間

ここはシアトル


知り合いは誰もいない

日系スーパーで買い物してても
誰からも声をかけられない

それなりに長く住んでいた
カリフォルニア

どこかに出かけると

『あれ?サリーちゃん!
久しぶり〜元気?』

『寛太さん、今何してるの?
元気?』

等など

特に日系人が集まる所に出かけると
声をかけたり、かけられたり。

でもココには知り合いは
誰一人居なくて

心細いような

同時に再出発するには

ちょっと心地良く

初心に帰れるような

『もうカリフォルニアに帰る家はないし、ここで頑張るしかない!』

気持ちも新たに新生活がスタートした

とりあえず、事前に予約しておいた
小さなキッチンの付いたINN

(ホテルとアパートの中間の様な
長期滞在にも対応できる)

予約している約一カ月間で
新しい住居を決める。

アメリカは道一本でも違うと、
その環境や犯罪率、学区の良し悪し
不動産価値が全く変わってくる。

カリフォルニアにいる間から
サリーは学区や犯罪率などを考慮
しながら何となく候補は絞ってあった。

結局、インターネットで何回か
見ていた家を購入した。

新築だった為に入居出来るのは
年内だろうと言われた(2002年12月中)

先ずはINNを出て
入居出来るまでの間
月単位で更新できる
アパートを借りた。

金銭的な事を考えると
1日も早くコンテナで預かってもらってる荷物を運んでもらいたい。

借りたアパートは3階建てで
1階はガレージになっているから
荷物も全部保管できた。

そろそろ夏休みも終わりに近くなり
学校の手続きに向かうサリー

ポロンは6年生(中学生)
カブは 3年生(小学生)

新学期が始まる9月

いきなり学区の教員が

ストライキを発表した。

びっくりびっくりびっくりびっくり

カリフォルニアでは
学校の先生がお給料の不満で
ストライキを実施するなんて
経験なかったのでビックリ

なかなか長引くストライキ中
もちろん学区内、全休校。

早く登校したいポロン

不満を書いてブッシュ大統領に送る

何だかんだと約1ヶ月遅れて
学校がスタートした。

何はともあれ、新学期も始まって
良かったけど、

後にも先にも

ここまで長期化した
学区のストライキは

これが初だったらしい。

『うわ〜! 大変な時に引っ越して
来ちゃったね! しかもストライキ
したのはたった1学区だけだったのに
たまたま〇〇学区だったんだぁ〜
災難だったね』

と、後になって友達になった人に
教えてもらった。


※あれから18年たった今現在も
あの規模の教師たちによる
ストライキは実施されていない


新天地での
新生活に
暗雲が差し掛かる

でもサリーはまだまだ

ノー天気


続く