時は2002年
その1年前、世界を震撼させた同時多発テロが起こり、アメリカは皆が泣いていた。
サリーの長女、ポロンが学校から帰って来て興奮しながら話す。
『マミー、あのねミス○○(先生の名前)の弟はパイロットで、本当はあの飛行機に乗るはずだったけど、たまたま乗らなかったんだって! 良かったよね〜
でも代わりに運転してたパイロットは
可愛そうだね
』
近所の公園にも飛行機に乗っていて
犠牲になった方の為のキャンドルコーナーが設けられていたりと
少なからずともLA近郊の市だから
その影響から他人事ではないと
周りの皆が思っていた2001年。
そして翌年の2002年には
サリーは32歳になっていました。
夫 寛太さん 43歳
長女 ポロン 12歳
長男 カブ 8歳
次男 パーシー 2歳
アケミさんと別れた寛太さんと
結婚してサリーは3人のママに。
寛太さんはレストランのマネージャー
を辞めたあと、パートナーとバイクの
アクセサリーショップを出すも上手く行かず閉店。
他にもあれやコレと試みて
今は寛太さんが以前からやっていた
個人輸出入(特に車やバイク)
で生計を立てていた。
一時はそこそこ大きなお金の流れも
あった寛太さんの会社
元々、経理や税務関係をキチンとする
タイプではなく、税務署に入られ、
そこからドンドン運気も下がり
自己破産。
サリーのバイト代なんて焼け石に水
『もうさ、カリフォルニア良いかなぁ。飽きてきた。
シアトルって四季もあるし引っ越さない? 俺は会社勤めじゃないし自由じゃん。シアトルって良い所だよ』
輸出する車を購入しに
何度かシアトルには行っていた。
何時も😡カンカン照りの南カリフォルニアとは別世界な街
ワシントン州 シアトル
『え?! 家は?売るの?
子供達は転校? 』
商売も下向きになって、
支払いも滞り、家のローンも
滞納しがちなこの頃
サリーは17歳以来
カリフォルニアを出たことない。
(旅行以外)
慣れ親しい
友達や知り合い
土地勘
全て失うの?
こうなった時の寛太さんは
絶対引かない。
行くと決めたら絶対行く。
実際に今の経済力で家を維持し
子供を育て生活するのはかなりキツイ
家が自分達の物である間に
売却し、残ったお金を持って
新居地でやり直したいと言う寛太さん
気持ちは分かるけど
逃げるようで今一つ乗り気になれないサリー
でも結局は寛太さんに従い
家は売却した。
ちょうどカリフォルニアには不動産バブルが押し寄せ始めていたのもあり
家は売れた。
と同時に、日本に居る
寛太さんのお父さんが
長年の入院生活をしていたが
2002年6月 他界
シアトルに引っ越すことは
もう決まっていたけど
これも人生の変わり目の時期なのかな?
となんとなく思ったサリー
売却された家を出る日は決まった。
でも引越し先が決まっていない。
とりあえず大きな家具や荷物を
引っ越し会社に預かってもらい
とりあえずの荷物
お米
炊飯器
そして家族を乗せ
北へ
北へ
と北上しながら走り出した
大きなフルサイズのバン。
私達にはもう
住所もない
でも大切なものは全部
この車に入ってる。
これからどうなるの?
住めるところは見つかるの?
子供の学校の準備もある
(今は夏休み中)
知り合いも友達も
誰もいない
土地勘0
不安感 50
期待感 50
この状況で期待感50って
今思ったら
サリーもかなりの
ノー天気
続く